つれづれなる日々

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2015年2月の日々


02/28/2015(土)

レナード・ニモイ死去の報にこんなにショックを受けるのは、時代が逆戻りしていってるかのような今の日本の状況のせいだ。24世紀がさらに遠くなったように感じる。


02/27/2015(金)

森川クラス。今週もフロアのトレーニングが中心。


02/26/2015(木)

起きたら、足の親指がひりひりした。昨日の稽古ですりむけたらしい。左膝も痛い。あぁ、あの振付で捻ったか、と思い当たるところはあり、なんていうか、アタマでこうしたい!って思う気持ちばっかり先行して身体のことをちゃんと観察してないとまずいぞ、と遅ればせながら気づく。


02/25/2015(水)

フリースクールで、1時間の講座を担当。まず、どんな演劇を見ているか聞いてみると、まちまちで、よく観劇する人も今まで1回しか劇を見たことがないという人もいた。舞台写真を見せながら(iPad便利ね)、現代口語演劇について説明し、それから見にワークショップというか、俳優がどういうことをするのかを体験してもらった。2人の会話のテキストを演じてもらったんだけれど、最初からみんな、変な力は入ってないし、相手にちゃんと話しかけてるし、あんまりアドバイスする必要がなかった。そして、自分がどういうことを考えて演劇をやっているかというような話を少しして、質疑応答して、最後は、「高松なう」の当日パンフレットの多田淳之介のメッセージの抜粋を読んだ。

夜は、ダンス稽古。振付してもらって、カウントでやってるうちはなんとなくついていけたんだけど、音楽がかかったら途端にうわーっとなってしまい(一つには、思ってたよりスピードが速かった)、急にパニックしましたね、と言われちゃいました。ばればれ。でも、振付を覚えることに対する苦手意識が少しずつなくなってきている、ように思う。


02/24/2015(火)

ジャイロキネシスクラスに行きました。


02/23/2015(月)

一旦帰宅して、夜はこまばアゴラ劇場に青年団・無隣館「南へ」Bチーム公演の受付業務をしに行く。知り合いに、「あれ?高松にいたんじゃなかったでしたっけ?」と言われる。


02/22/2015(日)

夫が照明を担当している多田淳之介構成・演出の「高松なう」を見に高松へ。新幹線、快適。4時間ほどで高松に到着。

「高松なう」は、素晴らしかった。終演後しばらく席から立てませんでした。そして、「俳優でない人たちが、自分のことを題材にして、多田淳之介という優れた演劇人と一緒につくればこんなにも素晴らしい作品ができる。俳優としての私の仕事は、こういう素晴らしいものを、毎回毎回毎回つくることなんだ!」ということも強く思いました。


02/21/2015(土)

友だちとご飯会。おしゃべりと韓国料理と不思議喫茶店を堪能。


02/20/2015(金)

午後から、ダンスの稽古。「ワークショップ以上、通常稽古未満」という位置づけの、研究会、勉強会的なものだそうです。嬉しいことにお誘いいただきまして、参加。いろいろ頑張りましたけれども、一回、寝転んだ状態から脚を頭の上をまわしてくるりと起きる、という振りをつけられて、これは森川クラスで今までずっとできないでる動きなので、
「できません。長期課題にします」
と言ってしまった。じゃぁ、夏くらいまでに、と言われた。練習しよう。

そしたら夜の森川クラス(今日はもういっぱい動いたしお休みしようかなと思ったんだけど、他の人たちもこれからカンパニーの稽古に行くと言うし、あたしも頑張ろうと思って、行った)でも同じ動きが出てきた。これ、このクラスに参加し始めたときから今まで、一度もできてない……。やはり、これは今が頑張りどきなのではないか。


02/19/2015(木)

こまばアゴラ劇場にて、青年団+無隣館「南へ」Aチームを観劇。やはりみんな去年よりうまい。

偶然会った友だちとご飯を食べて帰った。


02/18/2015(水)

ソロパフォーマンス、やってきました。最初に曲を掛けて台詞を言うときに、このスタジオの中ではiPadから直で流す音楽の音量が思いのほか低いことに軽く動揺し、きっかけの音があまり耳に入ってこなかった。ダンス部分(2曲めの音量は充分だった)は、必死にやっているうちにすぐ終わってしまった。5回繰り返す中で4回めでマックスに持っていくというプランが、どの程度やれたか自分でぜんぜんわからなかった。見ている人がこっちを見ていることはわかるけれど、「なんだこれは」と思っているような気もして、どういう反応なのかさっぱりわからなかった。

終わってから聞いた感想によると、割と楽しく面白く見てもらえてたようだった。のびのび踊っていた、という意見もあった。「悲劇」という課題からするとどうだったのかなと思うけども、私は五反田怪団でも怪談を語ってるつもりでアメリカンジョークになってるようなキャラだし、基本的に陽気なのかもしれない。そういうことがわかったのもよかった。

この一週間、この作品のことをすごく考えた。一日考えて、行き詰って、次の日起きると何か思いつく、というふうに、少しずつ進めていった。台詞を2回繰り返すのは最初から決めていたけど、もう1回最後に繰り返そう、そのときは目をつぶろう、と思ったのは今朝だ。ダンスの振付も、今朝になって少し変えた。最後に台詞を言うときの姿勢は、パフォーマンスをやっている最中に、これは床に寝たほうが良いと思いついて、そうやった。

この課題は、言葉と自分の身体の関係を感じる、というのが重要ポイントなので、それとは微妙にずれちゃうんだけど、今年じゅうにソロダンス公演をしたいという野望が私にはあり(一昨年の12月くらいからそう思っていて、それに向かってゆるゆると準備をしている。)、今この時期に自分の振付を人前で踊ってみられたのは本当に貴重な経験となった。この企画を立てた人、声を掛けてくれた人、場所を提供してくれた人、きょう集まってパフォーマンスをやったり見たりしてくれた人、皆さんに感謝します。


注意:映画「幕が上がる」の内容に触れています。
02/17/2015(火)

午前中ジャイロキネシス。めざましがならなくて遅刻しそうだったので、もう今日はお休みしちゃおうかと思ったんだけどそれでも気を取りなおし起床後10分で支度して出掛けたら、途中で先生から、寝坊したので到着がギリギリになるとの一斉メールが来て、気持ちが軽くなった。

午後は、明日のソロパフォーマンスの最終稽古。音楽に合せて台詞を言うのはもうだいぶ安定してできるようになってるんだけど、ダンス部分がまだできていないので、そこを頑張る。音楽の構成は、

☆☆☆☆
◎↑◎↑◎↑
△。△。△。
◎↑◎↑
△’△’△’
〜_〜_〜_
・−・−・−
・?・?・?
☆>☆>☆>
◎↑◎↑◎↑
△。△。△。
◎↑◎↑
△’△’△’
〜_〜_〜_
・−・−・−
○?○?○?
☆>☆>☆>☆>

方針としては、「☆☆」「☆>」の部分は踊らない。「◎↑」から「○?」までの一連で動きを作る(つまり、1曲の演奏で同じ振付が2回繰り返される)。ということを決め、それぞれの部分に振りを当てていった。

「◎↑」は、この音にはこの動きだろう!というイメージが、曲を決めてすぐからあった。他の部分については、使用する戯曲に出てくる事柄のイメージを、「海」「エイ」「DNAの二重らせん」と当てはめた。これは、とにかくそういうふうにして言葉にして決めとかないと自分が振りを決められないし覚えられないからで、イメージは割となんでも良かった、どうせエイならエイに見えることを目標にしていないし。

2時間ほど、動いたり考えたり動いたり。途中、昨日試写を見た「幕が上がる」のことを思い出したりもした。地区大会で、小道具のベルを落とす、椅子にぶつかる、笛が鳴らないという小さなミスが続くところ。あそこは本当にうまくつくってあるなぁと思う。見ていて胸がきゅーっとなるよ。

一応全体の振付ができたので、パフォーマンスの最初から最後まで、手順どおりにおさらい。そして、ソロパフォーマンス全体の進行手順書みたいなものを書く。よし、後は明日の本番だ。

ここまでやってしまうと妙に気持ちが落ち着いた。そう、あとは明日の本番だ。


注意:映画「幕が上がる」の内容に触れています。
02/16/2015(月)

「幕が上がる」の試写へ。30分前に着いたら、すでに15名くらい待っている人がいた。たまたま早めに来てよかった。

かなり序盤のうちにじわっと泣けてきて、結局最後までところどころ涙を拭きながら見た。声を出して笑ったところもある。私は高校演劇経験者ではないんだけれど、いま自分のやっていることは本当に自分のやりたいことなんだろうかとじれる気持ちとか、友だちとの関係の揺れ動きとかに共感し、また、後半の、突き進んでいく楽しさと不安と勢いにわくわくし、夢中になった。演劇は一発勝負ではない、本番で毎回同じことを正確にやらなければいけない、と言う台詞に、「先生、よくぞ言ってくれました!」と心の中で拍手喝采もした。

同時に、映画ってこういう描き方ができるんだなーと少し引いて眺めている自分もいた。夢のシーンとかすごく好きです。ラストの、クレジットロールのときにメーキング的な映像が流れるのも、そのおかげで「幕が上がる」の物語の世界からゆっくり現実に戻ってこれるのが良いと思った。


02/15/2015(日)

ソロパフォーマンスのための音楽を決定する。よし、この2曲で行こう。音楽編集なんてやったことがなくて、技術的にできそうもない。それに、今回のパフォーマンスは、返事のない相手の反応をあの手この手で引き出そうとし続ける、というものなので、それに合せてちょうどよく音楽が流れてくるのは都合が良すぎて恥ずかしい気がする。「誰が音楽を掛けてるのか?」ってことになってしまう。なので、iPadを自分で操作して曲を掛けることに決めた。

夕方から、別の新しいプロジェクトの打ち合わせ。おおまかな説明を聞き、次回までの課題を受け取る。帰りの電車で課題の本を開いてみたけれど、内容の重さに気分がどんより。さっき聞いた説明が、さっきとは違った意味合いを帯びてくる。

きょうの打ち合わせのときも、雑談で水曜日のソロパフォーマンスについての助言をもらった。一人でやるパフォーマンスだけど、作るのにはこうやっていろんな人の力を借りている。自分が思ってもいなかったアプローチの提案があったり、または話すことによって私のほうが自分のやりたいことや問題点がはっきりしてきたりする。


02/14/2015(土)

きょうの森川クラスは、広いスタジオで。先週もやった、「触れられた点から動く」のいろいろな発展。コンタクトワークで、リードされる側になるとき、特に目をつぶると、相手からの信号だけに集中しすべてを相手にゆだねるというのがむちゃくちゃ心地よくなってしまった。そういうふうにふにゃっふにゃになってしまうとそれはダンスではない別の何かなので、そうじゃなく自分で「ここがニュートラル」という立ち位置をキープすべき、と、これは私だけでなく全体に向かっての森川さんの指摘。

最後は、てのひらを合せてリードしたりされたりするやつ。なかなか「オフバランス」になれず。そして、あいてるほうの腕が固まってしまって注意され。

でも、思い起こしてみれば、以前(1年前とかか?)は、冬はダンスクラスに出てもめったに汗をかかなったけど、いまは汗かいてる。少しは代謝がよくなったのか?

帰りに友だちとお好み焼き。来週のパフォーマンスについて助言をもらう。


02/13/2015(金)

東京堂書店で詩人伊藤比呂美さんのトークを聞く。「良いおっぱい悪いおっぱい」の頃から著作は読んでいるけれど詩は読んだことがないという、ファンともいえないファンで、ご本人を直に拝見するのは初めてでした。私の勝手な想像としては、もっととんがった感じの立ち居振る舞いのかたかと思っていたのに、ウェービーな長い黒髪とつやつやした肌の、普通に感じのよい女性でちょっとびっくりした。勝手にびっくりしたわけですが。自分をしっかり持っていて主張する人の外見が柔和なことを、自分がこんなに意外に感じるとは思わなかった。


02/12/2015(木)

きのうのワークショップのときに、この同じ会場で来週水曜に短いソロパフォーマンスの発表会をするので、
「マチコもやる?」
と誘われ、やる!と即答した。それでゆうべから、どんなソロパフォーマンスをしようか考えている。音楽と台詞を使うという縛りがあって、それが難しくもあり、作る手掛かりでもある。

夜は、ジェローム・ベルによるレクチャー・パフォーマンス「ある観客/Un spectateur」を見に早稲田大学へ。これを無料で見られるとはありがたい。予約済みであれば受付の必要がなく、入口でメール画面を提示してさっと中に入ることができた。

劇場の中でいちばんいいのは観客というポジションだ。俳優の経験は断片的だし、演出家の経験は不安に満ちている。私にお金があったら、演劇などつくらず、世界中の劇場の客席で初日の舞台を見てまわるだろう。というところから始まって、いままでに観客として見た作品について語っていく。「一観客だ」「一観客だ」と言いながら、「俺はジェローム・ベルだから」と得意気なエピソードがあったりして、良くも悪くも率直で個人的な話だった。

たまたま一緒になった友だちと、帰りにうどん。来週のパフォーマンスのことで助言をもらう。


02/11/2015(水)

ジャンベのワークショップに参加。リズム感もないし、音楽はどちらかというと苦手分野(普段、ほとんど音楽を聞かないし。)なんだけど、ここんとこ私は「ダンスしたい」という気持ちがあって、ジャンベやってみて音ともっと関われるようになったらダンスの何かのきっかけになるかもしれないと思ったので。

準備運動から始めて、2種類の、なんていうんだろ旋律じゃないし、「タタ・トトタ・・」というのと「トトタタ・・タ・トトタタドンタ・」というのを教えてもらい、「タタ・トトタ・・」は実は「タ・・タタ・トト」であると習い、それにイントロがついて、さらに「さぁ、始めるよ、サンシッ」みたいの(「トロットト・ト・トト・ト・ト・・・」)がところどころに入り、これ、2/13になって今書いてるのでこう書いてますけど、ワークショップ当日は、わからないことのほうが多く、先生を見たり、右の人を見たり左の人を見たり、だれを見てもわからなくてやめちゃったり、だれを見てもわからないので勝手に信じるとおりにやってみたりしていた。とくに、「さぁ始めるよ」がぜんぜんわからなかったし、どれを利き手、どれを逆の手で叩くのかという説明も理解できなかった。

ダンスのクラスでもそうなんだけど、とにかく1回その場を離れて、一人でやってみるとか思い返してみるとかしないとできないことが多い。そうばっかりも言ってられないので、なんとか、その場にいながら自分一人になれるようなやり方を工夫しないとね。

とはいえ、ジャンベワークショップ、参加してよかったです。たたきすぎて、手が腫れた。ゆるゆるだった指輪が、終わってはめようとしたら入らないかと思うくらいきつきつだった。利き手の親指と小指の肉球のあたりがいちばん痛い。

夜は、横浜美術館のホールにマームとジプシーを見に行った。チェルフィッチュの「現在地」と、受ける印象が似ていた。私にとって、ということだけど。受け取ったものは、これからだんだん私の中で広がっていったり深いところに沈んだりするんだと思うけど、それ以外の感想を2つ。衣裳のワンピースがすごくよくて、売っているなら買いたい。もう一つは、演劇人以外の人のアフタートークって良いなぁということ。穂村弘さんはもともと好きなんだけど、「片足で立ってる時間が原宿の公演のときよりずいぶん長くなっていたけれど、あれは足をついたらおこられるんですか?」という質問とか、とてもよかったと思う。


02/10/2015(火)

午後、自主練。自分観察15分にはだいぶ慣れてきた。その後、きょうは30分弱動いたところでギブ。あとは、セルフタイマーを使って、ワークショップ応募用の写真を撮ったり。

夜はこまばアゴラ劇場で、青年団+無隣館「南へ」、Bチームの初日を観劇。昨年の「S高原から」のときより、みんな見違えるようにうまくなっている。俳優がうまい、というのを、マイナスみたいに言う人がいるけど、私はそうは思わない。俳優は、もう一人の劇作家とかもう一人の演出家みたいな目で、自分の演技や自分の役のことを考える必要があると思う。それをちゃんとやって反映させてるのを、私は、うまい、という言葉で言うし、うまいのはいいこと、大切なことだと思っている。


02/09/2015(月)

一日いえにいた。


02/08/2015(日)

無料だけど要予約な公演の予約をする。イベント名、日にち、会場をこちらが一から入力しなきゃいけないシステム。なんかハードル高いよ。

ダンスワークショップの応募用紙をプリントアウト。写真添付して郵送しなきゃいけないらしい。しかも、普通郵便じゃなくて、特定記録郵便か簡易書留。なんでこんなにハードル高いんだろう。メールで受け付けてくれれば楽なのに。

夜は、関かおりPUNCTUMUN「マアモント」をのげシャーレで。空気も重力も薄い空間に生息する不思議な生き物を観察しているようだった。真っ暗な長めの暗転中「あかりがついたらどうなっているんだろう」とドキドキしながら待っている感じも良かった。

行き帰りともJRの最寄り駅まで歩いた。片道30分弱。この道、最近歩いてなかったけど、横浜方面に行くときもっと活用するようにしたい。


02/07/2015(土)

4月のダンス公演のチケット購入。飲酒をやめた分好きなことにお金を使っていいよね、と思い、いや待て待て、ダンスのクラスとかにすでに結構使ってるよ、とも思い、でも今は「見たい」という直感に従うことにする。

午後はセッションハウスで「カトルカール」。場内案内係りの人たち皆さんが「こんにちは」と言って迎えてくれるの、いいですね。

今日は、でも私は、席選びに失敗した。最前列が座布団、2列めがスポンジというかクッション直置き、その後ろは折りたたみのチビ椅子で、どれも長く座るのはつらそうだったので、さらにその後ろのしっかりした椅子の1列めに座ったら、舞台の床がまったく見えないわけではないけれど、シーンのポイントとなる小道具とかタップダンサーの足元とかが最前列の人の背中に隠れてしまって、かなり残念な思いをした。

これは演劇についてだけど、「小劇場公演で床に座って演技をするな」(観客の頭とかぶって客席から見えないから)という意見をどこかで読んだ記憶がある。それも極端だけど、客席から舞台がどういうふうに見えるのかを考慮してクリエーションする必要はやっぱりあるんじゃないかと思う。というか、客席設計は大切だ、という話になるのかもしれないが。

2列め3列めに座った小学生くらいの小さな子供たちの前の席に、後から入ってきた大人のお客さんたちが座ったことも、他人事ながら気になった。あれでは前方がまったく見えなくなっちゃったのではないだろうか。


02/06/2015(金)

今週は、用事があって外に出掛ける日が続いた。その疲れが蓄積してきたので、今日は午後の予定を1つ取りやめにし、いえでTVを見たり洗濯したり日記を書いたり。

夜はアーキタンツの森川クラスへ。随分久しぶり。だいたい、だって、2015年になってからこのクラスに出るの、今日が初めてだったもん。最初はウォームアップ的に、上体をゆるめて走るなど。その途中から楽しくなってきた。フロアトレーニングから、2人組で、外から動きの指示を与える/指示された部分から身体を動かす、てのをいろんなバリエーションでじっくりやって、最後は、これも2人組で、互いの手首を順番につかむのをやった(すみません、自分の備忘として書いてるという意味合いが大きいです。わかりにくかったらごめんなさい)。手首をつかまれたら、自分が主導権をにぎって相手の手首をつかみにいく。つかんだところで相手に主導権をわたし、その動きについていく。「あなたについていきますよ」と「私についてきて!」が、交互にやってくるわけです。その切り替えが瞬時にスムーズにできると気持ちがいい。うまくいかないと、今がだれが主導権を持ってる時間かがはっきりしなくなって、触れている接点もずれがちになる。私の場合、人についていくのはできているけど、リードするのが弱い、と言われた。あと、前かがみにならないようにと注意された。

お湯につかったかのように身体が温かくなったクラスでした。


02/05/2015(木)

昼から用事を1つ済ませた後、ダンスの自主トレ。伸ばしたり縮めたりしながら自分の身体の状態を観察するのを15分。その後振付を踊ってみようとしたけれど、何をやってもふらふらとみっともなくていやになってしまい、GAGAのときみたいにとにかく45分間動き続けてみた。それでようやく「踊ろう!」的な状態になったように思う。まぁ、きょうはそこで時間切れ。

夜は、ジャイロキネシス+体幹トレーニングクラス。激しい動きも大きな動作もないのに、じわじわじわーっと筋肉に効く。トレーニングというのは日常動作のすぐ隣にあるんだな、と思う。


02/04/2015(水)

友だちとランチ。ベランダの花にメジロが来ていたよ。

本当に久しぶりに会う友だちだったので、緊張したのか、興奮したのか、帰ってきたら随分と疲れていて、寒いのもあってベッドに入ったら夕方から夜中まで眠ってしまった。


02/03/2015(火)

リーディング公演「岸田國士を読む。冬」に出掛ける。予定どおりの時間に駅に着き、ちょっと電車を待ちながらiPadの写真の整理をしていたつもりが思いのほか集中して作業してしまったらしく、ふと気づくと、乗るはずだった電車の発車時刻を5分ほど過ぎていた。目の前に電車が来て、ドアがあいて、ドアが閉まって、発車したはずなのに、まったく気がつかなかったようだ。

これでは開演時間ギリギリの到着になってしまう!とあわて、公演情報を確認してみると、思っていたのよりも開演時間が1時間遅い! 14時開演ではなく「14時開場、15時開演」だった。間に合うどころかはやく着きすぎる。というかそもそも、出演者に「14時の回の予約をお願いします」って頼んだとき何も言ってこなかったのはどういうことか。などと、安心したり不安になったり安心したりしながら、なんとか無事会場に到着。「なんとか」というのは、目印が「青山ベルコモンズ」なんだけど、建物名表示がなく、その交差点に立ちながら自分が正しい場所にいるのかどうかしばらくわからなかったあたり。よーく目をこらすと外壁に、ベルコモンズというアルファベットの文字の痕跡がかすかに黒く残っていた。

とにかくそんなふうにして到着し、それでもまだ開演まで30分近くあるしと時間をもてあましていると、なつかしい先輩が声を掛けてくれた。同じテーブルに移動し、積もる話など。そして開演。

岸田國士のエッセイを演説風に演出したもの2本。戯曲が2本。戯曲「恋愛恐怖病」は、「友達」だと言い張っているけど恋愛感情として好き、ということを相手の男性に言わない女の人の話で、察しなかった人が悪いみたいな成り行きに不満を感じた。逆に「モノロオグ」は自分というもののはっきりした女の人の話で、内容に共感でき、またパフォーマンスとしても見やすかった。普段、「女だから」とか「男だったら」とか考えないほうだけど、この2本の戯曲については、私はこういうふうに感じたけれど男性はまたぜんぜん違う感想を持つのかもしれないなと思った。

しかし、4本で2時間を超えていた。あわてて池袋へ。

夜は、東京芸術劇場で「オトとカラダのコラボレーション OFF-CLASSICS ‐失われたリズムを求めて‐」を見た。田畑真希のソロダンス公演、を見たくて行ったのでピアノの中川賢一さんについては何も知らなかったし、現代音楽とかちょっと苦手、とも思っていたんだけれど、1曲めのスティーブ・ライヒ「ピアノ・フェイズ」が大変気に入り、ひきこまれていった。そして音楽もだけれど、歩いたり、四つんばいになったり、台車の上でトイピアノを弾いたり、田畑さんを抱え上げて移動させたり、床に落ちたスマートフォンを目で探し片手でピアノを弾きながら回収したりする中川さんに注目せずにいられなかった。

10分の休憩を挟んで、上演時間は2時間強。ダンスも、ピアノも、照明も、衣裳も、これがやりたい! これをやる! とそれぞれ主張してる、それぞれが主役を張ってる公演だったと思う。終盤の容赦ないストロボすごかった。


02/02/2015(月)

横浜市民ギャラリーあざみ野へ石川直樹写真展「NEW MAP」を見に行った。ここから見始める、というのは床に足跡マークではっきり示されているんだけど、その先の順路が理解できずまごついてしまった。また、最後の部屋の高いところに展示された2つの作品が最初は目に入らず危うく見逃すところだった。どちらも私の視野が狭すぎるのが原因だ。落ち着けば、見てわかるのである。順路だって、一通り展示を見て、2階のカメラ・写真コレクション展「旅をするまなざし」(横浜市が所蔵するカメラや写真のコレクション。テーマは「旅と写真」。カメラ・オブスクーラもあった)を見て戻ってきてもう一度見たら、展示した人の意図がよくわかった。

石川直樹写真展は、文章がついているので入りやすく、写真の数も多く見ごたえがあった。一番印象に残ったのは、水浴びする象の前に男の子たちが立ってこちらを向いて笑っている写真。数枚あった、水に飛び込む寸前の宙に浮いている人の写真も好き。竜二くんみたいなちびカマキリもいたな。見れば見ただけ細部が語りかけてくるような写真だった。


02/01/2015(日)

悲惨なニュースに気持ちがしずむ。あれもこれも。そこへキャシーさんの、泣くことについてのコラムを読み、泣きたくなって、泣いている自画像を描きながら少し泣く。

そんなところに、大変嬉しいお誘いのメールが届いた。嬉しい!!

気を取りなおし、久しぶりにGAGAのクラスに行く。1カ月以上ぶりに行ったスタジオになんだかよそよそしい雰囲気を感じ、開始前にストレッチしたりしながらも、居場所がない感じがしてしまう。クラスは、よかったです。先生の言葉からイメージを広げることが、前よりできるようになった。GAGAも週一くらいで継続的に受けたいけれど、ここでは月に2回しかないし、週一でやっているところはちょいとお高いのよね。

Facebookでシェアされた記事(の説明。本文は読まなかった)を見て、こんなことをシェアする人とは友達をやめようか、でもそれもどうなんだともやもやしていたら、他の友だちが、やっぱりその記事を「いいね!」した人(私のとことは別の人)を「友達から削除」しようかと思ったけど踏みとどまった、多様性は難しい、と書いているのを読み、また別の友だちが、記事をシェアした人(これもさらに別の人)に、シェアした意味を教えてほしい、とコメントで話しかけているのを読み、落ち込んでちゃいかん、閉じこもっちゃいかん、対話だ対話、対話しなければ、と少し勇気づけられる。


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