つれづれなる日々

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2002年1月の日々


01/31/2002(木)

何をしたというわけじゃないんだけど、急に、それこそ音を立てるようにして、肩が凝った。久しぶりだなぁ、こんな肩こり。


01/30/2002(水)
注意:スタートレックVGR Workforce, Part II/人間改造惑星クアラ(後編)のネタバレがあります。

ここ一週間ほどなんだっけとずっと考えていたことが、やっとわかった。

そんな大したことではありません。江口寿史の、トーマス兄弟なんかが出てくる漫画に出てくる、お母さんキャラがちわきまゆみに似ている(というネタがあった)、あの少年の名前はなんだったっけ、というのがその疑問。「怨」とか「恨」とか、そんなイメージなんだけどなーと思いながらずっと思い出せなかったのだが、きょう、ウェブ検索して探しているうちに、思い出した。「うしみつくん」。

その漫画のタイトルは、「なんとかなるでショ!」っていって、たしか少女漫画誌に掲載されていた。トーマス兄弟とか、ジャミラおじさんとか、うしみつくんとか、キョーレツだったなぁ。

VGR Workforce, Part II (7, 163)は、なかなかおもしろかった。VGRの前後編物って、「前編がすばらしく、期待して見る後編がへぼへぼ」という印象が強い(特にEquinox (5, 120および6, 121)のとき強く強くそう感じた)ので、今回もぜんぜん期待せずに見ていたのだが、前後編2時間でちゃんと1つの物語になっていた。あの惑星に連れてこられて「何か変だぞ」と最初に疑問を持ったトゥボックが、前編では大きな位置を占めているのに、後編ではその話が尻つぼみになっちゃった、というようなことはあるんだけど、トゥボックが抱いた疑問がセブンを動かし、ジェインウェイを巻き込み、やがて現地人にも波紋が広がって問題解決に繋がる、というふうに話がどんどん展開していくので、「トゥボックどうなったのよ?」という不満が湧いてきたのは見終わった後だった。あと、ナオミ・ワイルドマンはどうしたのか(子供だから大した労働力にはならないだろうし)、とか。

いつもとまるでちがうジェインウェイの様子が楽しかった。人格を改造されてそうなってるんだから、ホントのジェインウェイが必ずしもそう思ってるとは限らないが、高い役職に就くなんてそんな責任を私が負いたいと思うわけ?なんていう台詞をあのジェインウェイ「艦長」が言うと、なんだかおかしい(くすくす笑っちゃう、というような「おかしい」です。変、っていう意味じゃないです)。ヴォイジャーと通信して、キム少尉が「艦長」って呼んだのに対して「キャスリンと呼んで」と言ったときの、子供のような不安そうな顔も。

ただ、チャコティファンの私としては、もっと彼に活躍してほしかった。キャスリンを信じて待っていたら新しい恋人に通報されてつかまっちゃって、それで洗脳されて利用されて出番終わりって、ちょっと間抜け。キャスリンを奪い取ってほしかったよ、あの新しい恋人の手から。


01/29/2002(火)

『冒険王』マチネを観た。東京公演はあしたで終わる。打ち上げ準備を手伝うことになって、打ち上げ班で打ち合わせをした。話してるうちになんだかもりあがっちゃって、なんだかすごいデザートが、明日は出現する、かもしれない…。


01/28/2002(月)

話し言葉を文字にするのって、むずかしい。と友に言ったら、そりゃそうでしょ、だから専門家(劇作家)がいるんでしょ、と言われた。いや、そうかもしれないけど、イントネーションなんかが欠落することによって、意味がわからなくなっちゃう場合って、どうしようもなくあるんじゃないか、というのが私の最近気になっていることだ。たとえば、
「やっぱり天才じゃないか」
って書いてあったとして、
「天才だって思ってたけどそのとおりだなぁ」
ってことなのか、
「天才かと思ってたけど、ちがうかもしれないなぁ」
ってことなのか、それとも、
「あんたは天才じゃないって言ったけど、天才だったじゃないですか。どうしてくれる?」
ってことなのか、字だけ見たときにわからないでしょ? でも、書いた人には、どういうつもりで書いたのか、という意図は、はっきりあるわけですよね? でもそれが字では伝わらないから、もしこれが台詞だったら、演出家とか俳優が、意味を「解釈」することになりますよね。ある程度は前後関係からわかるとしても、どれでも当てはまりそうな場合ってやっぱりあると思うんですよ。

もともとはっきりした意図を持って書かれたものに、それ以上の解釈の余地が生じちゃうって、変じゃないかな、変っていうか、不便だなぁ、と思っているのである。最近。こういうときに、字で読んでわかるように書こうとすると、ちょっとやっぱり話し言葉から離れちゃうでしょ? これにどのような解決法があるのか、というあたりに大変興味があります。


01/27/2002(日)

日舞で、いま「手習い子」というのを習っている。帰り道で道草くって、桜の花びらを手にとってふーって吹いてみたり、蝶々を追い掛けたりするという、こどもの踊り。こどもの振付っていうのは、首なんかけっこう大きく左右に傾けるし、膝曲げるときも思いっきり低くまで下げるし、けっこう稽古の後足腰が痛い。私なんてもう若くもなんともないわけなんだけど、あー蝶々いたぞ、そっとそっと、つかまえたぁ、あ、逃げた、ちぇ、つまんないのぉ、というようなこどもの踊りを踊ってるって、これ見てる人にはどういうふうに見えているのかなぁと思うと、ちょっとこわいような見てみたいような見たくないような複雑な気持ちです。


01/26/2002(土)

最近暖かくて、まさかこのまま春になっちゃったりして?なんて思っていたけれど、きょうは、いかにも冬らしく寒くて空の白い日だった。

劇団桃唄309公演ダウザーの娘を観に行った。しみじみして3回くらい泣いた。スタトレファンにしかわからないと思われるスタトレネタがあって、楽しかった。台詞の一部が英語になったり、ある単語だけ英語の発音になったりするのは、私は違和感があった。

すごくおおざっぱにまとめると日本人や日系アメリカ人がアメリカを旅する話なんだなぁと思ったんだけれど、英語の原作(これは、作・演出の長谷基弘さんが去年アメリカで英語で書いた戯曲を今回ご自分で翻訳・翻案しての公演なのです。英語版台本は、ロビーで販売していたのを買いました)を読んだらば、アメリカみたいなところでそこの国の人と日本人が旅をする話で、ずいぶん感じがちがうので驚いた。たとえば、英語版では地名などの固有名詞を避けているけど、日本語の上演ではアメリカの地名がバンバン出てきていた。日本語版のほうが登場人物が増えてストーリーももう一段階複雑になってるし。

きょうの公演もおもしろかったけれど、英語版をそのまま日本語にした版も観てみたい。


01/25/2002(金)

山の手事情社公演ぴん2002を観にいった。いろんな一人芝居がいっぱいで、見とれたり聞き惚れたり笑ったり泣いたりして観ていた。


01/24/2002(木)

青年団公演冒険王の受付をして、チケットの半券を切ったり当日パンフレットを渡したりしていたら、お客さまから、
「きょうはお出にならないんですか」
と聞かれた。顔を覚えててもらってるって、なんか嬉しい。


01/23/2002(水)

ある演劇公演のチケットを電話予約したら、
「劇団にだれか知り合いがいらっしゃる…とかじゃないですよね」
と聞かれた。なんか感じ悪い言い方だなぁと思っちゃって適当に答えちゃったけど、そういうことを聞くってことは、劇団員にノルマがあるのかな。ちゃんと質問の意図をたずねて、それから答えればよかったなぁ。どうも電話は苦手。


01/22/2002(火)

定期検診で歯医者さんに行った。上の奥歯をがんばって磨きましょうと言われた。がんばろう。


01/21/2002(月)

こないだテレビで見るとはなしに見ていた映画が、再度放映されていた。Bullets over Broadwayというタイトルで、前回は気づかなかったが、ウッディ・アレンが監督だった。主人公のベッドが映ったとき、アンティックな感じのスクラップキルトが掛かっていた。フォーパッチ?ナインパッチ?白地に様々な明るい色の正方形が散っていて、ブロードウェイでの成功に野心を燃やす若き劇作家に合っているような合っていないような、不思議な感じだった。そういえば前にやっぱりテレビで見た、ウッディ・アレンの映画(ダイアン・キートンとだらだらだらだら付き合って、最後は別れちゃうというような話)の時も、二人がベッドインするときに同じような色合いのキルトがベッドに掛かっていたなぁ。あのときのは、正三角形かなにか、90度以外の角度のピースが入っていたけれど、色合いは似ていた。たまたまなのかなぁ、それとも、ウッディ・アレンの好みとか?うーん、気になる…。


01/20/2002(日)

日舞。「祇園小唄」と、新しく「手習い子」。新しい踊りって、最初は何が何だかわからなくてただ先生の真似をしていて、そのうち、だんだん、単位、というか、ここからここまでひとまとまりというのがわかってくるとどうにかこうにか覚えられるようになる。祇園小唄も手習い子も「子供」の踊りなので、腰を低くするところは思いっきり低くしてメリハリをつける。それで、帰りには足腰がぎくしゃくして、駅の階段を昇るのがつらいくらいだった。


01/19/2002(土)

HTMLを書く。英語のファイルなんだけど日本語も載せたくて、画像にして載せようってその画像を作ったり、リンクをあっちからこっちから張ったり、細かい作業が多かった(まだ途中)。


01/18/2002(金)

きのうは長い一日だったので、きょうは疲れて寝てばかり。

このあいだから、ファージョン自伝(西村書店 2000年)を読んでいる。父親の話から始まって、この人がどのような少年時代を送り、母方の祖父とどこで知り合ったか、その母方の祖父はどういう人だったか、そして母は……と祖先の話が続くので、エリナー・ファージョン自身のことが出てくるのは中盤になってから、というおもしろい構成の本だ。内容はたいへんおもしろいのだが、ところどころ翻訳がよくわからない。粗雑、というのとはちがうんだけど、日本語として意味がわからないのである。例を挙げると、以下のとおり。カッコ内は、私の感想。

ジョーはジョシーの苦痛を軽くしてやりたい、それが無理なら苦痛を和らげてやりたいと思っていた。

P. 108

(「軽くする」と「和らげる」にこのような段階的なちがいがあるだろうか? 「取り去る」と「減らす」、とかだったら話はわかるのだが。)
そしてきら星のごときむこうみずなジョージー・ドルーと、その夫で魅力的なモーリス・バリモアがロンドンに立ち寄ったときの生き生きした集まり。

P. 183

(「きら星のごと」くというのは「美しく輝く星々のように、立派な人がずらりと並んでいる」様子を表す言い方のはず。ひとりの人の形容に使うのは変ではないか?)
どこを捜しても見つからず、ママはほとんど半狂乱になった。

P. 321

(「半狂乱」の「半」と、「ほとんど」は、意味が重複しているように思う。「半」の「ほとんど」なら、じゃぁけっこう平静だったのかなぁ、などと考えてしまった。)


01/17/2002(木)

きょうは、私にしてはめずらしく一日じゅう外出。ティン・ホイッスルの練習ができなかった。


01/16/2002(水)

ティン・ホイッスルの練習をする。さっき簡単に出た音が、次のときにはぜんぜんへろへろの、すきま風みたいなヒューヒューになってしまったりする。息の強さや方向がたぶんちがっているんだと思うけれど、なかなか思うようにコントロールできない。

Sessioneer Web SiteにあるTin Whistle Guide(ティン・ホイッスル・ガイド)に、左利きの人は下3つの穴を左手、上3つの穴を右手で押さえてもよい(つまり、一般的な押さえ方の逆)、ということが書いてあったので、試してみた。特にどっちがやりやすいという感じもしなかったけれど、せっかくだからこの持ち方でしばらくやってみようかと思う。

日舞のお稽古に行ったら、きょうは生徒が私ひとりだった。「祇園小唄」。一応見よう見まねでだいたいの振りは知っていたけど、ひとりで詳しくやるのは初めてだった。ニュートラルに踊る、というか、あまりにもカウントどおりに踊ってしまう傾向が私にはあるので、もっと自分なりにためるところはため、さらっと流すところは流して、メリハリをつけるように、と言われた。途中で、横座りに座ったり、その姿勢から身体を起こしたりするところがあり、すらっとできなくて「どっこいしょ」という感じになってしまうのが、我ながら情けなかった。


01/15/2002(火)

石橋楽器新宿店で、ティン・ホイッスルを購入。C管(全部の穴を塞いだ状態で鳴らすとCの音が出る)しかなくて、D管は取り寄せになると言われ、とにかくいま欲しかったし、どっちがいいのかとかよくわからないので、C管を買った。

「カガクするココロ2002」のAプロを観に行った(一部ダブルキャスト。1月12日に観たのはBプロ)桜美林大学の、自動販売機のそばのベンチでちょっと吹いてみた。強く吹くと1オクターブ上の音が出る、というのがおもしろかった。


01/14/2002(月)

成人の日だそうである。

友に、
「先月リーディングの仕事をしたのは何日だったっけ」
と聞かれる。劇団の勤務表に勤務時間をつけるためだ。えーと、去年の手帳を見ればわかるから家に帰ったら知らせるよ、と言ったんだけど、去年の手帳、行方不明中。でも、ウェブの日記の記載を見ればわかるじゃん、ということに気づく。12月17日と判明。役に立つじゃん、この日記。

というか、このウェブサイト自体、一番便利に使ってるのは私自身かもしれない。料理を作るときに分量などを見たり、とか。

話変わって。ティン・ホイッスルとかペニー・ホイッスルとかいう名前の楽器(TNGで惑星カターンでピカード艦長が吹いていた笛)について調べていて、グリーンスリーブスという楽曲の英語の歌詞を知り、おどろいた。というのは、「あぁ、あなたはなぜわたしを捨ててしまったの」という日本語の歌詞から私はこれを「男に捨てられた女の歌」だと思っていたんだけど、元々は女に捨てられた男の歌だ!とわかったからである。欲しいと言うものはなんでもあげたし、命も財産も賭けたのに、と未練たらたら。ぜんぜん雰囲気がちがう!


01/13/2002(日)

小学校の同級会に出席。28年ぶりの同級会とのこと。担任だった先生もいらっしゃって、同級生たちも20人以上集まって、盛会だった。最初だれがだれだかぜんぜんわからなかったけれど、そのうちたいていなんとなくあぁこの人はあの人だ、と昔の顔がわかってくるのが不思議だった。

みんな断片的に別のことを覚えていて、たとえばある人が
「あんたと5年生のときにとっくみあいのケンカをした」
と言っても相手はぜんぜん記憶していなかったり、
「帰り道で転んだときランドセルを持ってくれた」
と言われた相手が
「そんなことあったっけ」
とぽかんとしていたりしていた。

お互いの近況を報告したとき、舞台の俳優の仕事をしている、と私が言ったので、みんな驚いていたようだ。まだまだ盛り上がっていたけれど、帰りの新幹線の時間が迫ってきて、ひとり先に帰ってきたのがちょっと残念だった。


01/12/2002(土)

桜美林大学に、総合文化学科演劇コース主催の公演『カガクするココロ2002』を観に行った。客席が、足の長い若い人仕様なのか、私は座って足がぶらぶらしてしまって、ちょっと疲れた。でも、公演の内容はとてもおもしろかった。「2002」と言うだけあって、いままでの「カガクするココロ」にはない新しい設定なんかも入っていて、ますます見飽きない。俳優たちも、やるべきことをきちんと堂々と精一杯やっていて、とてもステキだった。
(ごめん小学生の作文みたいで)

公演の詳細は、http://www.kagaku2002.org/をどうぞ。期間限定ウェブサイトみたいだから、そのうちリンク切れになっちゃうと思いますが。


01/11/2002(金)

テレビCMのオーディションに行った。オーディションのときは、自分の名前や所属や過去の作品なんかを紙に書いて持つ。記入する内容はその時によって微妙にちがったりするんだけど、きょうの用紙は「サイズ」という欄があって、身長、胸、胴、腰、足(靴って書いてあったかな?)、頭のサイズを書くようになっていた。近くの人のをチラリと見たら、「頭」の欄に「モヒカン」と書いていた。たしかにモヒカンの青年なんだけど、ウケをねらったのか?

それで思い出した。『東京ノート』北米ツアーで、シアトルからカナダのヴィクトリア行きの小さい飛行機に乗ったとき、隣の席に、アメリカから娘のところに遊びに行くという小さいおばあさんが乗ってて、耳が遠いみたいなので飲み物サービスのとき何がほしいのか聞いてあげたり、入国審査の紙の記入を手伝ってあげたりした。入国審査の紙って、どこに何日滞在するとかいろいろ書くんだけど、中にCitizenship(市民権)というのがあって、そこは自分が市民権がある国名を書く欄なわけだけど、そのおばあさんは、Yesってささっと書いちゃった。「市民権、あります」。いやいや、そこにはU.S.A.って書くんですよ、とか教えてあげたけど、ちょっとおもしろかった。


01/10/2002(木)

ウーピー・ゴールドバーグのインタビューをTVで見た。自分が大スターであり続けているのは「才能」があるからだけど、どうして大スターの座についたのかというと、それは「運」に過ぎない、という話が印象的だった。自慢してるとか謙遜するとか、そんな態度がちっともなくて、ただ自分の信じている事実を言っているだけ。無名の優れた俳優はたくさんいて、そういう人たちは自分のしていることをエンジョイしている。あなたの目標が富と名声だとすれば、それはめったに達成できないけれど、優れた俳優になることだとすれば、達成の可能性はある。この二つのことをごっちゃにしないようにしないといけない、と言っていた。

また、ブロードウェイミュージカルで、それまで男性がやってた役を演じたことで「私たちに可能性を示してくれた。ありがとう」というようなことを、質疑応答の時に言った人(女性)がいたが、それに答えて、信念をもっていれば、俳優はどんな役でもやれる、男女のちがいはトイレで立つか座るかだけだ(だからトイレのシーンだけはやれない)と言った言葉も心に響いてきた。


01/09/2002(水)

久しぶりにHTMLを書く。エクセルデータを流用して表を作りたかったので、既存の列間に</td><td>とかの列を挿入してやってみた。なかなかうまくいってたんだけど、テキストエディタに持っていってからタブを置換して消そうとすると、なんだか不思議なところまで消えちゃったりして、ちょっと手こずった。規則性があるようでないようで(いや、きっとあるんだけれども)。今後も定期的にする作業だったら原因をつきとめたと思うけど、たった30行くらいの表だったので手作業で修正してしまった。

FOX-JAPANのザ・プラクティス、すごかった。シリーズが始まって何年もたっているこの時点で「実はレベッカはエホバの証人でした」って話を出してご都合主義に見えないというのは、そうとう作り方がうまいってことじゃなかろうか。


01/08/2002(火)
注意:青年団公演『冒険王』のネタバレがあります。

青年団公演「冒険王」のアゴラでのゲネプロを観る。客席がアクティングエリアから近くて、いろんな俳優のいろんな表情やしぐさがよく見えるので、あっちを見たりこっちを見たりして楽しんだ。2段ベッドの上でも下でも人がしゃべるので、見るとこがいっぱいあるのである。

最初に出発していくバックパッカーのシーンで、あぁこのお芝居はさよならについてのお芝居なんだなぁと思い、元気に出発していく挨拶を聞いてさびしいようなすがすがしいような嬉しいような気持ちになった(伊丹で観たときもそうだった)。言葉で分けるなら「旅立つ人」と「残る人」ということになるけれど、一人ひとり相手との関係が人によってちがうから、この作品ではほんとうにさまざまな別れのシーンが次から次へと展開されていく。どの人もどこかちょっとずつ私自身みたいな感じがあって、何度でも観たい、好きな作品だ。


01/07/2002(月)

仕事始めの時期を待って「その後の状況はいかがですか」と、ある人に、進行状況をおうかがいする連絡をした。直後、まったくの別件でちがう人から私に「その後の状況はいかがですか」という連絡が入っていることに気づき、あぁ、なんだかみんな同じようなことをしているんだなぁ、そして、私はちがうことでその両方の立場に立っているんだなぁ、というのがなんだかおもしろかった。

朝9時から、「冒険王」の仕込み。本公演の仕込みとバラシは基本的に劇団員全員参加ということになっているので、朝からなかなかにぎやか。あけましておめでとう、という挨拶もあちこちで。久しぶりに会う人も多いので、休憩時間等に話がはずむ。


01/06/2002(日)

きのうの発表会で他の人が踊った「武田節」という曲が、きょう一日アタマの中で鳴っていた。

夜、こまばアゴラ劇場にて、「冒険王」の照明仕込み。脚立のトップに立つための補助具として、傘の柄がたいへん便利であることを教わった。


01/05/2002(土)

二年前、初めての日舞の発表会の時、私は風邪を引いて熱があって、そのときどういう状況だったかいまではぜんぜん覚えていない。きょう、第二回の発表会。家でさんざん練習していったせいもあり、変に緊張することなく本番に臨めたと思う。お扇子をバッと開くところも、きょうは、稽古もゲネプロも本番もスムーズに出来てほんとうに嬉しかった。踊り終わって礼をしたときに、客席のあの人やこの人がにこにこして見ていてくれたのも、とても嬉しかった。


01/04/2002(金)

あした日舞の発表会なので、家でおさらいをする。扇子をバッと開くとこが、数日やらなかったらうまくできなくなっていた。特訓する。


01/03/2002(木)

2年ぶりに会う1年生に、
「ちょっとぉ、そこの人ぉ」
と呼びかけられる。
「だって、名前知らないんだもん」
あたしゃあんたのおばさんだぞー! でも、逆に考えたら昔からいいなぁと思っていた「子供から名前で呼ばれる」を実現するチャンスだぞ、と思い、
「マチコちゃんでしょう?」
と言ってみた。こんな大人の人を「〜ちゃん」と呼ぶのは抵抗があるのか、その後一度も呼ばれなかった。マチコおばちゃん、くらいにしておけばよかったかも。残念。


01/02/2002(水)

いい枕がほしいと前からずっと思ってたんだけど、きょう、東急ハンズの売場にばばーっと展開された安眠枕群を見て、とうとう買ってしまった。家でちょっと頭を載せて横になってみた感じでは、なかなかよさそう。まぁ、実際寝てみないとまだわからないけれど。

枕の他に、エリナー・ファージョンの自伝も買った。なんだかきょうはお金をいっぱい使った気がする。


01/01/2002(火)

黒曜石は英語でobsidianという、ということを、やじりや石器のことを調べていて知った。スタートレックに出てくる、昔のカーデシアの秘密機関の名前がオブシディアンオーダー(Obsidian Order)というんだけど、なぜ黒曜石?


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