『悪口学校』日記


5月の五反田団の公演のとき、私は、手伝いで入っていた。another-works(あなざーわーくす)という一人ユニットをやっている演出家のわたなべなおこさんも、同じく手伝いで入っていた(彼女が演出した「The real act-ブレヒト『処置』より-」の公演を、去年アゴラで観た。すごくおもしろかった。わたなべさんは、劇団1% LIFEの主宰者でもある)。ある日わたなべさんが、7月の公演の俳優が一人出演辞退となったと言って、困っていた。
「まぁ、その分、山田にがんばってもらうしかありません」
山田というのは、五反田団期待の新人(人形)である。どうしよう、30秒くらい考えて、
「その時期だったら、私、スケジュールあいてます」
と私は言った。
「え、ほんとうですか? 考えてみて、最悪お願いするかもしれません」
とわたなべさんは言った。10日ほどして、出演依頼が来た。お受けした。

松田 弘子
2002年7月・記す

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06/19/2002(水)

「悪口学校」の稽古自体は6月10日から始まっていたのだが、私はきのうまで別の公演(イタリア人演出家ジャンカルロ・ナンニさんの「かもめ」ワークショップとその発表会)があったので、きょう初めて稽古に参加。台本はすでにもらっていて、一応目は通したんだけど、
「事前に台詞を覚える必要はありません」
ということだったし、最近大幅に台本がカットになった(最初に読み合わせをしたら3時間半かかったそうである)ということも聞いていたので、もともとのシェリダンの戯曲自体はざっと読んでみたけれど、今回の上演台本は何も覚えないままできょうの稽古に参加した。

稽古場は、森下。きのうまでのワークショップでも同じ森下に通っていたので、なんだか不思議な感じ。

1時から5時まで稽古。まず「よろしく」と挨拶して、みなの名前等を教えてもらう。きょうは全員揃っている。わたなべさんが主宰する劇団1% LIFEのホームページの写真などで顔は知っていたけれど、きょう初めて会う人が多い。みんな、若くてかわいい(20代が8人、30代前半が一人)。私は普段ぜんぜん化粧をしないんだけど、みんなきれいにメイクもしてる。この人たちと一緒にやっていけるだろうか、共通の話題はあるんだろうか、不安と期待でドキドキする。

新しい改訂台本が配られ、読み合わせをする。私以外の俳優は、もうだいぶ「キャラ」ができていて、すごくおもしろくて、あせる。「処置」に出ていた3人が特にすごかった。今回の上演台本は「シェリダン作の『悪口学校』を上演する、山田族という宗教がかったグループの人々」を描いているので、「悪口学校」部分と「山田族」部分があるんだけど、「悪口学校」部分ではみんななんだかとっても非日常の、変わったしゃべり方、へんなキャラクターを演じている。うわー、私にもできるだろうか……、不安が広がる。

私はティーズル令夫人という、16歳の少女の役。
「マツウラアヤみたいな感じでやってください」
と言われた。私のまったく知らない人だ! 字も知らない。とにかく、アイドルぅ〜、わがままぁ〜、人の話を聞かない、という感じというので、あぁ、かわいくなかったら許されないタイプってことだなーと思い、試行錯誤。どうだろう、ちょっとはそれらしくできただろうか。

途中でとめながら最初から最後まで読んだ後、1幕1場に戻って再度読み合わせ。あしたは、私が登場する2幕1場からやることになった。

きょうは、舞台図面ももらった。アゴラの床面に5.4m四方の正方形を養生テープでバミって、その中で「悪口学校」を演じる、そのシーンに出ていない俳優はアクティングエリア外にいる(つまり、開演から終演までずっと観客の前に存在する)というプランだ。

帰宅後、インターネットで検索し、マツウラアヤとは「松浦亜弥」であることを知る。7月1日深夜フジテレビでソロ・ライブが放映されるとのこと。これは、見ないと。


06/20/2002(木)

13時〜17時稽古。演出家も入れて、女子11人が一室に集うと、さすがに華やかでにぎやかで、女子校の演劇部ってこんな感じかなーなんて思う。

きのうの続きで、2幕1場から読み稽古。「もっと年齢を下げて」、「頭悪そうな感じで」、「それでもうちょっとはきはき」、「語尾はかわいく上げて」、「かわいいだけじゃなく強気で」、「もう少し速く」等々演出から指示があり、ついていくのにせいいっぱい。他の出演者から笑いが出たりすると、あぁちょっとは面白くなったのかな?と嬉しくなったり。まだまだティーズル令夫人の基本線がわからなくて、不安。でも3幕1場の夫婦喧嘩のシーンはそれなりに方向性が見えてきたように思う。ここを手がかりに、この役の感じをつかんでいけたらいいなぁ。

きのう、きょうと、「読み稽古」ということで、座ったまま台本を読む稽古だった。青年団の場合、稽古の最初から立って動きながら稽古するので、こういうやり方は私には目新しかった。


06/21/2002(金)

13時〜17時稽古。きょうは読むだけじゃなく立ち稽古をする予定なので、みな、ジャージに着替える。女子だけの現場なので、その場で着替えられて、手っとり早い。

4幕3場から読み稽古。椅子をまるく並べて。切り穴(アゴラの、舞台から楽屋に降りていく開口部。元々のシェリダンの脚本では「屏風」。この屏風(スクリーン)シーンは、欧米では「ロミオとジュリエット」のバルコニーシーンくらい有名だと、岩波文庫の後書きに書いてあった)に隠れているというシーンで、台詞がなくて人の台詞を聞いているうちに眠ってしまって、私が登場するはずのところで稽古がとまってしまった。
「ごめん、寝てました」
それで大笑いになって、そのまままた再開して、稽古は続いていった。もちろん寝ちゃった私が悪いし、寝ないほうがいいに決まってるけど、こういうとき責めたり怒ったりするんじゃなく笑い飛ばすこういう雰囲気、好きだなぁと思った。余裕がある感じがした。

立ち稽古は、1幕1場から。欠席の人のところは代役を立てて。このシーンで私はまず、恐怖にふるえる召使いとして登場する。2幕1場のティーズル夫妻の会話は、けっこう力技になりそう。その途中できょうは稽古終了。


06/23/2002(日)

13時〜17時稽古。いつもより1本早いくらいの電車で行ったんだけど、初めて入るパン屋さんで時間をとったのか、1時を少し過ぎてしまった。

パンを食べながら、わたなべさんの持ってきた「ガラスの仮面」を見る。マヤちゃんと亜由美さんが梅の谷の最終日に喧嘩するシーンを見せて、3幕1場の夫婦喧嘩のシーンはこういう感じでやってほしい、とわたなべさんは言う。え?こういう感じって? 「イメージ」だということだが、うーん、イマイチよくわからない……。そうとう激しくて(蹴りとか入ってるし)、本人たちが必死で、台詞は変(「私のどこが高慢ちきなの?」)ということはわかるけれど。まぁ、やりながら探っていこう。

机、椅子を片づけて、各自ちょっとストレッチなどしたのち、立ち稽古。2幕1場。サー・ピーターとティーズル令夫人の動きを、演出が整理して決めていく。私で言うと、逃げる、エンガチョする、タイムする、はぁはぁしてたのが普通の会話に戻る、キャッチボールする、等のタイミング。忘れそうなので、台本にすぐさま書き込んでいく。先週までワークショップを受けていたイタリア人の演出家もよく舞台に出てきてやってみせてたけど、わたなべさんもしょっちゅう演技をやってみせる。それも、とっても嬉しそうにやる。アタマの中にイメージがあって、それを形にしていくのがおもしろくてしょうがない、という感じに見える。

1幕1場。前回欠席だった人に、こういう段取りになりました、と説明しながら稽古が進む。召使いは、さらに恐怖に震える演出になった。

休憩後、2幕3場。私は出ていないので、演出家や俳優のおもしろさを、ただただ観客のように見ていた。2幕1場の段取り確認、2幕2場の台詞の確認などもひそかにやりつつ。

2幕1場、再度。最後の、ドタバタが落ち着くところまで段取りが決まる。でも、後半のキャッチボール部分は今後の課題として残る。

2幕2場。サー・ベンジャミンの詩の朗読がものすごくおかしい。動作と合わせて、衣裳も決まっていく(「この伸び方、いいねー。本番も、これにしようよ」衣裳はジャージなので、稽古着がそのまま衣裳になったりするのである)。ちなみに、私の衣裳もきょう決まった。上半身は全員が「東京大学」とロゴの入ったTシャツを着るんだけど、色が3色ある。私は赤で、こないだのワークショップの衣裳でも使った黒のハーフパンツをはき、足元は素足とのこと。ジョーゼフにひそかに視線を送る、というシーンが、ぜんぜん「ひそか」でなくなる。カメラ(観客)目線の独白もあり、ふだんあんまりやったことないから、楽しくてしょうがない。みんなで他人の悪口を言う悪口大会も、大騒ぎだ。いまみんな速度も声量もマックスでやっていて、せいいっぱいで余裕がなくてそうぞうしい。このパワーを維持したまま少し落ち着いて整理されてくればおもしろくなると思う。


06/24/2002(月)

本日、稽古なし。きのうの稽古の後なんだか左足首が痛くて(捻挫かなー)、一晩冷湿布していたんだけど、きょうもまだ少し痛い。6月18日の「かもめ」ワークショップマチネ公演の後、あれ、ちょっと捻挫したかなーみたいな感じがあって、でも夜公演もなんともなくてもう忘れていたんだけど、やっぱりあのときやっちゃってたのかな? 動けないってことはないと思うが、ちょっと心配。


06/25/2002(火)

13時〜17時。きょうは余裕を持って到着。少人数。今週末公演がある人たちが、きょうから休んでいるからだ。

2幕1場。まず、後半のキャッチボール部分の段取りを演出家が口頭で説明。その後、2幕1場冒頭から。振り向く/立ち上がるタイミングが変わったり、エンガチョを切るところが「気を送る」(波動砲みたいに)になったり、走る方向が細かく決まったり。私は、なんだか意地悪で上機嫌な5歳児みたいな気分になってやっていた。

わたなべさんに相談して、一カ所台詞を少しかえさせてもらった。元々は、
「ねえ、あなた!どうしてそんないやな顔して、あたしがちょっとした品のいい贅沢をするのを邪魔するの?」
なんだけど、「どうして」から文末まで1つの意味的まとまりになっていて、長くて、うまく言えない。
「ねえ、あなた!どうして?どうしてそんないやな顔して、あたしがちょっとした品のいい贅沢をするのを邪魔するの?」
とまず聞いちゃう形にした。

1幕1場。冒頭で、みんなでビバルディの「春」を口オーケストラすることになっていて、私は主旋律をたどるしかできないけどハモる人もいて、私のイメージでいうと「女子校演劇部」って感じがして、自分でやってるのに感動しそうになることがある。

1幕2場。サー・ピーター登場のとき、車椅子(に見立てた、普通のスタッキング・チェア)を押していく係りをやっている。このシーンも、次にやった2幕3場も、出ていないのでプロンプをしたりしながら見ていた。

わたなべさんは、あるシーンの稽古が終わったときなんかに、俳優に向かって、
「はい、ありがとうございましたー」
と言うことがある。私の行ってる歯医者の先生は、患者さんが帰るときに、
「ありがとうございました」
と言う、医者としてたぶんめずらしい先生だけど、稽古で俳優にありがとうと言う演出家も、めずらしいような気がする。いま翻訳している、戯曲の書き方の本の中に、自分の書いた脚本を上演してもらおうと思ってアマチュアの地域劇団に持ち込んだ場合に関して、「あなたの劇の上演のためにみんなに力を貸してもらうのだから、まずはできることは手伝うなどして自分でもみんなのために役立つようにすべきだ」というようなことが書いてあったんだけど、ちょっとそれに似た感じかな? わたなべさんは、また、体力的にきつい動きとか、カッコ悪い動作を俳優にさせたときに、
「ごめんねー、ホントごめんねー」
と言う。言うけど、やらせることはやらせる。そういう演出家だ。

稽古の最後に、わたなべさんから次回の説明。3幕1場のサー・ピーターとティーズル令夫人のところは、前半は、昔風の清純な森の散歩、後半は超人的な動きを取り入れてみんなを巻き込んだバトル、にするそうだ。

「みなさん、今週中に台詞を覚えてください」
とのお達しが出る。

帰宅するころに、また左足首が痛くなっていた。


06/27/2002(木)

13時〜17時稽古。きょうは、俳優3人と演出家、合わせて4人だけだ。3幕1場は、夫婦喧嘩シーンに全員登場することになったそうで、稽古はみんなが揃う6月30日以降に延期に。

2幕1場。冒頭から。いまの声の感じが、かわいくてよいと言われる。あまり自覚してはなかったんだけど、力いっぱいよりちょっとパワーを落とした感じだと思う。前半の動きが、前回やったときと変わってしまったが、何がどうなっちゃったのかだれにもよくわからないので、「決め」の位置から逆算して、動きを決めていった。二人でぐるぐる追いかけっこになるところは、速すぎる、
「バターになるんじゃないかってお客さんも不安になると思う」
とのことで、速度を少し落とすことに。なんの台詞のときにどこの位置にいるべきかというのが決まってきたので、移動も、速度の変化を含めて細かく調整ができてきた。サー・ピーターがブリッジから起きあがってくるような動きが採用され、補助の人がつくことになった。わたなべさんの言うことには、いままで少人数でやっていたのでできなかったけれど今回はキャストが多いので、
「CGがやれる!」
と思ったそうで、マトリックスばりのシーンなんかも、これからできていくらしい。人間が支えたり持ち上げたりするんだからぜんぜんCGじゃないんだけど。

後半の、キャッチボール、またはベトベトしたスライムのようなものを夫婦で投げ合う(振りをする)シーン、も、決まってくる。ハンマー投げ、と言われたところがうまくできないでいたら、他の俳優が「バレーボール」を提案してくれてそれが採用になった。
「じゃぁ、『アタック!』って言ってください」 と演出。

ここ、私の場合、顔面で受ける→オーバーハンドで投げる(野球)、顔の前でうまく受ける→アタック!(バレーボール)、大きーくなった玉を身体ごとで受けとめる→バナナキック、という流れになった。顔面で受けたリアクションを身体ごとで大きく、ボールを投げるときのバックスイングも大きく、など、演出の指示があり、動きのメリハリがついていく。相手の投げた、架空のボール(か、スライム)を受け取るごとに擬音を付けることになって、「べしゃー」とか「ドス」とか言いながらやる。ボールの大きさが一貫性なくどんどんかわっていくし、最後には私がリンゴみたいに食べちゃう。このめちゃくちゃさ加減、好きだ。

4幕3場。立ち稽古は初めてだったが、やってみたら台詞をだいたい覚えていることがわかり、2、3度やったらもう台本を持たないでも大丈夫だった。まぁ、このシーン、私は長い台詞はないので、他の二人に比べたら楽なんだけど。わたなべさんは、きょうもやはり、ここはこういうふうに、とアクティングエリアに出てきてやってみせている。そしてきょうもやっぱり、嬉しそうだった。

2カ所、台詞を変えさせてもらった。1幕1場の、
「みんな地位も財産もある人よ、それに世間の評判にめっぽう強いの。」
は、これに答えるサー・ピーターの言葉づかい(「お強いどころか…」)にあわせて、最後を「…めっぽう強いの」に。3幕1場の、
「誰だってあの人の方がまだマシだってみんな言ってたのに。」
は、以前「『みんな』をカット」という指示があったんだけど、「誰だって」をカットして「みんな」はイキにする。

足首が痛いというのを、実はきょうまでナイショにしていた。ひどくなったら困るけど、稽古はめいっぱいやりたいし、どうしようどうしようと、痛がりで心配性の私は、けっこうくよくよくよくよ考えていたのである。きょうの帰り道に初めて話してみたら、くよくよがなくなって、痛みもひいていくような気がした。小心者である。わたなべさんが捻挫をしてたいへんだったときの話などを聞き、かえって気が楽になった。


06/28/2002(金)

稽古は、なし。イギリスの演劇人と会ったので、
「今度、シェリダンの『悪口学校』をやるんです」
と言ったら、いきなり、
「オー、レイディ・ティーズル!」
と言うので、え、それ私がやる役なんだけど、なんで?って聞いたら、
「レイディ・ティーズルは、若いけど、頭いいし、いい台詞がいっぱいある」
とのこと。なんだか嬉しくなる。

左腕、左脚が筋肉痛。きのうの稽古で、野球、バレーボール、サッカーの動作をガンガンにやったのが原因。あなざの稽古は、やってるとおもしろくてガンガンやっちゃうから、気をつけないといけない。子供の頃、たしか小学生くらいのときだったけど、家に遊びに来ていた親戚のちびちゃんの相手をしてへとへとになっていた自分を思い出した。


06/29/2002(土)

岩波文庫の「悪口学校」(シェリダン作、菅泰男訳)を読み直す。太った未亡人に関する悪口をわたなべさんがシェリダンからさらにパワーアップしていることは、以前から知っていた(注)が、サー・ピーターの年齢も、わたなべ版では10歳ほどアップしていることに気づく。

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注:太った未亡人に関する悪口

シェリダン
そう、存じてますわ、あの方は、お酢と水割りのミルクだけで生きていらっしゃるのよ。滑車でコルセットの紐をおしめになって。ハイド・パークの馬場へ行くと、夏の暑いさなかに、ずんぐりした子馬にお乗りになって、太鼓たたきの少年のように編みあげた髪の毛を風に吹かせて、フーフー言って全速力で乗りまわしていらっしゃるのをお見かけしますわ。
わたなべなおこ
そうあの方、お酢と水割の牛乳だけで生きてるんですのよ、馬に引っ張らせてコルセットの紐をおしめになって。こないだ、その馬が暴れて止まらなくなっちゃって、ハイド・パークまで引きずられてあやうく胴が千切れて死にかけるところだったんですって。

06/30/2002(日)

稽古時間が、長くなる。きょうは1時から(俳優は5人)。時間差で、3時から私が、4時からその他の人たちが加わる。全体としては7時前にいったん終了し(私もこのタイミングで終わりだった)、後は1幕2場の人だけが残ってもう少し。

3幕1場の、ティーズル夫妻のラブラブシーンは、台詞がまだ覚え切れていなくて、ついついつまってしまうしテンポも遅れがちで、
「邪魔じゃなかったら台本を持ってやってください」
と演出から言われてしまった。

みんながそろってから、3幕1場後半の、夫婦喧嘩のシーンを練習。わたなべさんの説明をまず聞く。
「この台詞で、ティーズル夫人が巨大化します。つぎの台詞でサー・ピーターが巨大化。ここで竜巻が起こります。で、ここで跳び蹴り。相打ちで跳び蹴り。ここは炎、ここで滝が出ます」
巨大化は、最初、騎馬戦みたいにするつもりだったのだが、私が上に乗るのはやはり無理があり、椅子に乗るか、脚立を使うか……となっていたら、わたなべさんが、
「みんなが小さくなればいい」
という案を出してきた。喧嘩をしている二人の前に、それ以外の全出演者が出てきて、ひゅーっと縮んで小さな人(両手の人差し指と中指を脚にする)になる、というのである。巨大化した人たちは、歩くときに、「どーん、どーん」と、足音を自分で言う。小さな人たちは、足音ごとに飛び上がる。やってみると、おもしろい。この線で行くことになった。

3幕3場の、これも全員が登場するシーンも稽古した。立ち位置やポーズ、動きなどの指示がどんどん入っていき、あっという間にシーンがパワーアップした。わたなべさんの演出は、パワフルだ。

みんなで大騒ぎするシーンがもうこんなにあるから、5幕2場はやらないことにしようか、とわたなべさんが言う。いまの台本では、5幕2場の終わりあたりまで「悪口学校」を演じることになっているんだけど、4幕3場のあと、じゃぁいまから5幕2場をやりますと言ったとたんに芝居が中断してそのまま終わってしまうという案。

「『悪口学校』の稽古の後、身体、痛くありませんか。大丈夫ですか」
稽古の後、前からわたなべさんと演劇をしている俳優の一人が声を掛けてくれた。お心遣い、ありがとう。そうそう、きょうの喧嘩のシーンの跳び蹴りとか、前回のボール投げとか、やってるときはおもしろくて夢中でやっちゃうので、あとで、あれ、どうして肩が痛いんだろう?ってなりがちだ。ウォームアップやクールダウン(ウォームダウン? どっちも聞いたことあるような気がする)をちゃんとやろう。若くないんだし。

2幕1場のボール投げの段取りの話をしていたら、わたなべさんが、
「(バレーボールのところで)一人時間差攻撃ってできますか?」
と言い出して、さっそく採用になる。そのボールを受けるサー・ピーターも、手と目線でボールをどう追うかすぐに案を出してくる。す、すごいなー、おもしろいし。美人なのに……。


07/01/2002(月)

松浦亜弥のファーストコンサートの模様を、テレビで見る。あぁ、これかー、わたなべさんが、「もっとはきはきと」、「かわいらしく」と言うのはこういうのかー。


07/02/2002(火)

私は、稽古は6時〜9時半。時間差でもう帰った人もいて、ちょっとさびしい稽古場。4幕3場を、前回よりもう少し細かくつめていく。こないだ稽古をしたときは、そのシーンに出てる人3人と演出だけだったので、きょうは他の人たちの反応が気にもなり、励みにもなった。

俳優みんなに対し、台詞が出てこなくても自分で芝居をとめないように、とわたなべさんが言った。本番でもとまってしまうから。絶対にとめないで自力でなんとかするような方向にそろそろ持っていってください、とのこと。

2幕2場。台詞の言い方や動きが整理され、おもしろくなっていく。ジョーゼフにつきまとって拒絶される、というところは、ジョーゼフに矢を射られ、胸に刺さった矢を抜いて、ばきっと追って、向こうから来る人たちにひゅん、ひゅんと投げつけることになった。悪口大会の部分も、動きが決まってテンポがよくなった。ティーズル令夫人(私の役)はジョーゼフのことを別にほんとに好きでもなんでもないとすると、2幕2場の最後でヤキモチ焼いたみたいにおこるのはどうしてなんだろう、と自分ではよくわからなかった。わたなべさんに聞いたら、ヤキモチとかじゃなくて、
「私をそのように軽く扱うとは、あなたは何様のつもりなのか!」
といういかりだとのこと。わがままで自己中心的、こわいものなしの16歳である。


07/03/2002(水)

きょうは全員集合で、1時から5時まで。

まず、全員参加の夫婦喧嘩シーン。こないだ一人欠席だったので、その人に説明しながら動く。前に並んだ人たちが縮んでいくのと同時に、巨大化する二人はいったんしゃがんでぐぅーんっと大きくなるとか、巨大化した人が歩くとき(「どーん、どーん」と自分で効果音を入れながら歩く)足をもっと高くあげるとか、跳び蹴りは伸ばした状態で蹴ったのをいったんひざを曲げてまたどーんっと蹴るとか、さらに演出がついていく。うるさいと、センターの人から注意された。

4幕1場(絵のシーン)。観客から4人舞台に出てもらうところ。きょう見学に来ていた男子1名と、そのシーンに出ていない俳優3名が観客役をやる。男子1名は特にもみくちゃにされる役回り。本番のときは知り合いに頼んでやってもらうようにすると演出は言っている。

休憩後に2幕1場をやるというので、あそこは前回やってからだいぶ時間がたっているので、相手役と二人で、台詞と動きの確認をまずする。台詞は二人ともほぼ完璧。テンポもだいぶよくなってきたと思う。

2幕3場(私は出ていない)の稽古のあと、1幕1場から、なるべくとめないで前半をどんどんやっていった。

稽古の後、帰った人もいたけど、大勢で近所にもんじゃを食べに行った。


07/05/2002(金)

稽古自体は1時から。私は2時半から。

3幕1場の、ラブラブシーン。わたなべさんが、ここは「おにいさまへ…」(池田理代子)みたいにしたいと言って、少女漫画のコマが変わると登場人物の位置関係が前のコマとぜんぜんちがっている、とか、背景がなく二人だけの世界、とか、そういう演出をどんどんつけてくる。こう抽象的に書くと「えー?」という感じだけど、わたなべさんの演出はすごく具体的(「ここで、現実から夢に入ります」、「ここは二人でふわふわと宇宙遊泳みたいに」)なうえに要所々々で本人が演じてみせるから、イメージが伝わりやすく、しかもおもしろくなっていってるのは演じていてわかるので、こっちも乗り気になって、どんどん進む。決まった段取りはすぐ書きとめておかないと忘れるので、次のシーン(1幕1場)の稽古が始まって、アクティングエリア外の俳優の一人として「声の出演」をしているあいまを縫って、自分の台本への書き込みをとにかくすませた。その後3幕2場(私は出ていない)。

前回、前半をほぼ通して稽古したので、きょうの稽古の最後は、そのダメ出し。私は、何カ所か、前の人の台詞の後に間がありすぎる、と指摘された。ある動作をするとかある位置まで移動するということが台詞のタイミングよりも優先する場合と、どこにいようが前の台詞とのタイミングで同じように台詞を言ってほしい場合とがあるようで、その区別がまだ私にはついていなかったことが判明。初めて一緒にやる演出家なので、いまはお互い少しずつお互いのやり方に慣れていっているところなんだと思う。時間がなく、2幕2場のダメ出しの途中で、きょうは終了。

森下での稽古はきょうで終わりとなり、もう来ないとなるとちょっと心残りな感じもして、帰り道にみんな商店街のあちこちでだらだら道草を食いながら帰った。


07/07/2002(日)

前回の稽古のときに、2幕1場の「年にお似合い!」と波動砲で攻撃(私のイメージですが)するところの振付を今度までにキッチリ決めてくるようにと言われた。きょうの稽古予定に2幕1場は入っていなかったんだけど、稽古に行く途中の電車の中で考えた。日舞の振付のおさらいのときみたいに、実際の30%くらいの大きさで手を動かしながら。ちょっと変な人だったかもしれない。

きょうから、いままでとちがう稽古場。私が行ったときはちょうど階下の劇場の終演時で、お客さまが降りてくるのと同じ階段をのぼって稽古場まであがらないといけないので、人の流れがとぎれるまで少し待たされた。きょうは時間に余裕があったからいいけど、あんまりぎりぎりに来ないようにしようと思った。

私は4時から。1幕1場の稽古に途中から参加。山田にお札を貼り付けるあたりに演出がつく。
「休憩後2幕1場」
と言われ、え?っとびっくり。あー振付をやっといてよかった! 途中で「助っ人」というか「仲裁人」というか、まぁまぁと割ってはいる人が登場することになった。演出から、ボールが頭にぶつかるところの頭の動きを大きく(膝をついて倒れるくらい)とか、「年にお似合い」はもっとゆっくりとか、の指示も入る。また、前回のダメ出しで言われた点(どこの間をつめるとか、べとべとを塗りつけるところは実際に相手の身体に手を触れるということなど)は、修正済みの形でやったがそれでOKだった様子。

2幕2場(悪口大会)、1幕2場(ピーターの車椅子の介助)も稽古する。きょうは見学の人が二人あり。初見の人がどんな顔をして見ているか、気になってちらちらと盗み見てしまう。知り合いだからというのもあると思うし、やってる当人の眼前だというのもあるんだろうけれど、おおむね楽しそうで、よかった。


07/10/2002(水)

2時から9時。きょうから山田が稽古に参加。

4幕3場。ドラマチックに切り穴に退場するところが、なかなかうまくできない。何度かやって、最後は演出が振付や間を決めてくれた。3時過ぎてほとんどの人が揃うと、その続きの、シェリダン作「悪口学校」の上演が続けられなくなってもめるというところからラストまで練習した。ラストを稽古したのは、たぶんきょうが初めて。

次に、3幕1場のラブラブシーン。ここも、その次の喧嘩シーンと同様、全員が登場することになった。愛を語る二人の後ろで、花びらやシャボン玉がとんだり、散歩する道に花が咲いていたり。喧嘩シーンのときよりもスムーズに決まっていったのは、演出もみんなも慣れてきたからだろうか。前にいる二人の演技がすでに決まっていたということもあるだろうが。

当初の予定では、ある俳優の背中に山田がとりついて離れなくなるはずだったのだが、山田の大きさ(身長190cm以上)ともろさ(足首等の関節が弱い)のため無理と判明し、背中にしょえる「ヤマダミー」または「小山田(こやまだ)」を作成することになった。

台風接近中だが、かねてからの計画どおり、稽古終了後みなで(バイトで帰った人が一名あったけれど)焼きトンを食べに行った。


07/11/2002(木)

全員2時から9時。衣裳のTシャツがそろい、赤、青、黄のうちどの色をだれが着るか決めていく。私は黄色。もともとわたなべさんは、私は赤いTシャツで黒の半パン(ジャージ)と言っていたんだけど、こないだ稽古着としてはいていたバティックの半パンが役柄に合っているので下はそれにしたいということになり、その色(ピンクっぽいオレンジと、ベージュ)に合わせてTシャツは黄色になった。足元は、最初わたなべさんは「はだしで」と言っていたけど、けっこう激しく動くのでやっぱり靴を履くことになり、黒の運動靴を履いている。あとはソックスだなぁ、どんなのにしようかな。私は靴下をはくのがあまり好きでなく、暖かくなるとすぐ素足にサンダルというスタイルになるので、あまりソックスを持っていない。衣裳のときに買うくらいである。

3幕3場の、全員が登場する酒盛りシーンを稽古する。たぶん、全員がそろってここを立ち稽古するのは初めてだったんじゃないだろうか。そうでないとしても、ものすごく久しぶりだったのは確かだ。いろんなことがしゅーっと形になってどんどん決まっていった。

「ヤマダミー」導入に伴い、それをしょっている俳優が以前の設定よりもかなり自由に動けるようになったので、3幕1場の全員登場してのラブラブシーン、喧嘩シーンの段取りが一部変更になる。その部分を稽古。「鼻歌を歌いながら登場」というところで、ドラゴンバッハの「おとしだま」という曲を、
「フンフンフンー、らららー」
という感じで口ずさんでいたんだけど、歌詞も歌ってください、と言われる。歌詞はよく覚えていなくて、きょうのところはうろ覚えで。ラブラブシーンの途中で、私がネガティブなことを1つ言うたびに他の人たちがダメージを受けて段階的に倒れるというところがあるのだが、
「四角ばった」
「機嫌の悪い」
「よぼよぼの」
「性悪の」
「ドケチの」
「年寄りの」
「独り者」
という7つの項目がなかなか覚えられなくて、ここは苦手。でも、きのうからこの段取りが決まって、つまり私がちゃんとしゃべらないと他の人が動けなくて困ることになって、それがいいプレッシャーになって、きのうときょうでなんだか急速に覚えられた。もうちょっと。もうちょっとである。ちなみに、この台詞、シェリダンの原作をわたなべさんがパワーアップした部分。

喧嘩シーンは久しぶりにやったので、それぞれの人が何かをちょっとずつ忘れていて、最初しっくりいかなかったが、すぐにうまく流れるようになった。

山田の暴れるシーン(2カ所)も、ヤマダミー導入に伴い段取りが変わったので、稽古。その後、1幕1場から3幕3場まで「できるだけ」通して稽古。開場時から終演直前まですべての俳優が舞台上にいる設定なので、アクティングエリア外のどの場所にいて、台本やタオルや飲み物はいつどうするか、ということをそろそろ考え始めてください、と演出から言われる。

1幕1場から3幕3場まで通して、1時間強だった。ダメ出しがあって、これできょうの稽古は終了。稽古場の床がほこりっぽくなってるなーと私も思わないでもなかったが、率先して掃き始めた人がいたので、なんとなくてつだってざっと掃除して帰る。

ドラゴンバッハのホームページで、「おとしだま」の歌詞を確認。


07/12/2002(金)

私は3時から。まだ前のシーンの稽古が続いていたので、隅っこのほうでストレッチなどをして身体を動かす。

2幕2場。スニアウェル令夫人というおっかないおばさんを、他の人たちは恐れてご機嫌をとってるんだけど、私が演じているティーズル令夫人という人だけ若くてもの知らずなのでけっこう失礼な態度をとっちゃって周りの人たちがはらはらする、というあたり。実年齢は私が一人飛び抜けて高いので、「若いから傍若無人」というねらいどおりに見えているんだろうか、ただの「傍若無人なおばさん」になっちゃってないだろうかと、私は少し不安があるが、特にそのようなダメは出ないので、全体を見ている演出家の目を信じてがんばることにする。矢が刺さるところの段取りも、まず右手で、とか、しっかり決まった。

続いてその直後の、ジョーゼフと二人のシーン。ジョーゼフに触れられそうになって必死に抵抗する(パンパンパンと腕をたたく)という段取りが加わったので、
「でも、この人、結婚してるのよね?(それにしてはナイーブすぎない?)」
と聞いたら、60過ぎの夫と16歳の妻(年齢差は、シェリダンの設定よりもわたなべさんがさらに広げた模様)というティーズル夫妻は、
「きっと普通の関係じゃないんだと思う」
「絶対、『手をつないで寝ると子供ができる』って思ってると思うんですよ、この人」
とわたなべさん。わたなべさんは、演出家だから自分でなんでも決めていい立場の人だけど、キャラクター設定のことなど、
「たぶん、これこれだと思う」
「きっとこの人ってこれこれなんだと思う」
という言い方をよくする。元の戯曲とか、戯曲を読んだときの自分のイメージとか、俳優のやっている感じとか、たぶんそういうものから感じとった印象をそのまま言葉にしているんだと思う。本人は「無責任」と言うけれど、私は、直感に素直にしたがうタイプの人なんだなぁと思っている。理由は後からついてくるという感じ。

このシーンの最後に私が「フン」と言って退場するところで、
「『フン』ってこう(脚で蹴る)やって、だーっと走ってはけてください」
と言われ、走るとき思わず「だーっ」と言いながら走ってしまったら、それが採用になった。

全員がそろってから、きのうの続きで4幕1場からラストまで通す。全体で1時間半くらいになりそうとのこと。4幕3場の、大げさにポーズをとりながら切り穴にはけていくところで、最初にくるりと回る回り方を、日舞っぽく変えてみた。切り穴の近くなので、ステップを踏まずに回りたかったから(一歩踏み出して穴から落ちたりしたくなかった)。

夕飯休憩の後、4幕あたりを抜き稽古。私が「出とちる」ところの立ち位置が再度変更になり、結局センターをとることになった。


07/13/2002(土)

私は4時入り。2幕1場、3幕等。6時過ぎに全員がそろってから、プロローグ部分を作る。読み稽古以来、初めて。山田(人形)が倒れてしまわないようにおさえている必要が出てきて、結局開演キュー(「それじゃ、みなさんよろしくお願いします」)を出した後わたなべさんが舞台上に来てその役目をすることになった。プロローグの後は、山田が客席に移るんだけど、そのときもわたなべさんが隣について座ることになり、劇中で山田がエレベータから退場するときにわたなべさんも一緒に退場するという段取りになった。

最初の案では山田を俳優が背負うことになっていて、それがダメとわかると、背負うための小さな山田をもう一つ作る案に変更になり、それに伴って、山田が客席最前列に座ることになり、それに伴ってきょう、このように、わたなべさんも出演するようになったわけだ。これがダメでこう変更、というようなとき、わたなべさんは、その場で考えているはずなのに実にいさぎよくぱっぱっと次の案を出してくる。やっぱりこの人の頭の中は、こうしたら面白そう、ということが連鎖反応でどんどんどんどん展開していってるんだろうなぁと思う。


07/14/2002(日)

衣裳用の、ソックスと髪ゴムを買ってから稽古に向かう。

2時から9時。きょうは、6時からお客さまをお迎えしての通し稽古をする予定で、その前に、一回、2時半過ぎくらいから通し稽古をした。実は、初めての通し稽古だった。2幕1場は、昔の生活の話をするところでちょっとつまってしまったし、バレーボールを打つところ(最近段取りがかわった)も台詞がおかしくなってしまった。2幕2場の太った奥さんの悪口のところも、「あやうく胴が千切れて死にかけるところだったんですって」のところが訳わからなくなって次の大笑いでごまかしてしまった。3幕1場はネガティブなことを7つ列挙するところがめちゃくちゃになって、たぶん半分は台詞にない項目を挙げてしまった。喧嘩シーンの「そっちこそなにさ」に続く部分が、また台詞通りに言えなかった。4幕3場からラストまではほぼプランどおりにできたけど、このように私は全体的にはさんざんな出来だった。そして、「出とちる」シーンで右手薬指(数年前に階段から落ちて突き指したところが完全には治っていない)を突き指してしまった。

休憩後、1幕1場を稽古し、予定どおり観客ありの通し稽古。実際の公演ではきっと観客が「引く」であろうプロローグも、私たちのことを知っている友だちだからだろう、にこにこ笑って見ていてくれた。昼にまちがえたところはほぼクリア。「ほぼ」なのは、7つのネガティブ項目で、あれだけ台詞を確認したのに1つまちがえたから。3幕3場まで順調に出番をこなして、充実感があったんだけど、その後しばらくアクティングエリア外にいて、さぁ4幕3場だぞと出ていったときに、ちょっとなんだかエンジンの掛かり方が変だった。全体をとおしてのペース配分を、これからの数日でつかんでいかないと。

始まる前わたなべさんは、きょうの通しは絶対「へこむ」、きょうはへこんだほうがいいんで、きょううまく行ったらまずい、というようなことを言っていた(後で聞いたら、初めての通しというのはいままでだいたいスムーズに行かなかったそうである)が、初めて観客を前にして演じた緊張もあって、きょうの通しはなかなかうまくいってしまった。みんな、なんだか「中野公演終了!」みたいな充実した気分になっていたように思う。


07/15/2002(月)

2時から7時。だらだらとみんなで各自ストレッチ等して、2時半頃稽古開始。前回の通しで椅子のスタンバイがうまく行かなかったところの確認、立ち位置、動きの変更など。夫婦喧嘩のシーンもやった。こないだ通しを観に来てくれた友が、跳び蹴りをするとき私の脚が「ちょっと曲がってたよ」と教えてくれたので、がんばってぴんとする。

2幕1場で、サー・ピーターの膝をぴしゃりとたたくという段取りがあるんだけど、おじいちゃんに身体的にダメージを与えることに抵抗があり、
「ネコだましにしたらどうでしょう?」
と提案。採用になる。

その後、1幕1場。ここのテンポで全体が決まる、とわたなべさんが言って、じっくり稽古。

7時で終わりにして、何人かでこまばアゴラ劇場に青年団若手自主公演を観に行く。公演自体はもちろんちゃんと観たけれど、あーこの椅子を使うのね、「おにいさま、よろしくお願いいたします」と見上げる照明ブースの位置はあそこね、みたいに、「次にこの劇場で公演する人」としていろいろと確認している自分もいた。


07/16/2002(火)

2時から9時。2回通しをやるとのこと。まず2時半過ぎから一回通す。きのう「1幕1場のテンポが全体を決める」とじっくり稽古した成果と思うが、1幕1場、すごくいいテンポでスタート。私は、ネガティブ項目7つを数えるのに、右手、左手と順に指を折っていくはずが、右手をにぎって5まで数えた後、右手親指を開いて6つめを数えてしまい、混乱したが、その他はほとんどミスなし。きっちり段取りどおりにできてそのうえ楽しかったという、充実感のある通しだった。

その他、わたなべさんが気になったところなどを抜き稽古。夫婦喧嘩の後半、だんだん怒りが高まってくるってふうにしてるけど、最後の台詞、
「はぁ? ちょっと急に何言い出すのよ。恥を知りなさいよ、サー・ピーター、理由もないのに疑るなんて」
でマックスにもっていくのがどうもうまく行かないのでわたなべさんに相談。「はぁ? ちょっと急に何言い出すのよ」でいったん弱気になって引いてから「恥を知りなさいよ」以降で再度攻めることになり、そこも稽古してもらった。

6時半くらいから2度めの通し稽古。出来はよかったようだが、1度めよりもみな台詞の言い直しが多かった気がする。後のダメ出しで、2幕1場の夫婦キャッチボールで私の打ったバレーボールがワンバウンドでかなたに飛んでいってしまうところの話が出たので、
「ここは私は、どうなの? 嬉しいの? 悲しいの? どういう気持ちなの?」
といままで疑問に思っていたことを聞いてみた。
「いまはどういうふうにやってるんですか」
「『あー、ボールが行っちゃったなー』ってただ見てるんだけど」
という話のあと、わたなべさんが出してきた回答(案、というべきか)は、サー・ピーターがズルしたわけだから、「ちっ」という感じ、ということ。なるほど。
「ええ、ありがとう。あとあなたにしてもらえることは」
という台詞を一息で言うように、と言われたのも、その次の台詞が頭にも途中にも間をとって言う台詞なので、そりゃそのほうがいいだろうなーと納得がいった。

明日は夜、搬入と仕込み(といっても平台を片づけてアクティングエリアを養生テープでバミるだけ)なので、その段取りなどを話す。楽屋にドリンク剤を用意しようかという話が出た。私以外の人は、みんな「飲む」とか「あれば飲む」という。私も、20代前半に走ったり大声で叫んだりする演劇をしていたときには、飲んでたなぁ、そういえば。


07/17/2002(水)

3時集合。きのうの通しで演出家の「気になった」部分を抜き稽古した後、通し稽古。特に大きなミスとかはなかったけれど、言い直しなんかが割とあったように思う。私は、やっている最中にどんどん疲れていく自分にびっくりした。きのうの2回通しで疲労が蓄積されていたようだ。ただ、今回の台本だと、わりとぱっぱっとシーンが変わるので何かまずく行った場合でも立て直しがわりあいと簡単にできるので、大きく崩れることはなかった。

4幕3場の、アンドレが死んじゃってこのあと公演をどうするかという話の中で、5幕1場をとばしてやりますというのを私が観客に説明することになるんだけど、なんて言って観客に説明しようかという話し合いがないのが気になっていた。で、きのうからその話を導入したんだけど、ゆうべ、「割愛」って「割礼」と言葉として似てるな、と思ったらその誘惑に勝てなくて、きょうの通しのとき、
「なんて言えばいいの?」
「カットする?」
「え、なんか、言い方あったよねー…」
という会話になったときに、
「割礼?」
って言ってみた。みんな「えー、それはちがうよー、やだ、マチコさんー」みたいに和んだ感じになった。そういう感じがいいのか悪いのかそのとき私にはわからなかったが、後で演出家に聞いてみたら、その部分はいままで少し短すぎたし、ああいうふうにみんながアンドレ(輪の中央で「死んで」いる)を無視して盛り上がるのがいい、ということで、採用になった。客席では話の内容は聞こえないそうで、それはそのほうがいいということだった。

ダメ出しのあと、抜き稽古をして、8時過ぎに稽古終了。この稽古場も、きょうで終わり。明日からは劇場だ。稽古場の掃除をし、搬入とちょっと仕込みをする4人(と山田)はタクシーでアゴラに向かった。青年団若手自主企画(きょうまで公演)のバラシを少し手伝い、劇場が空いてから養生テープでアクティングエリアをバミった。当初の予定ではアクティングエリアは5.4m四方だったが、アクティングエリア外の部分がちょっとせまいので5.2m四方に変更。稽古場では5m四方くらいのエリアで稽古していたので、もしこれで広すぎるようならもうちょっと小さくするとのこと。10時過ぎに解散。


07/18/2002(木)

12時集合、稽古開始。照明の方が、仕込みを始めていた。出はけのあるところ、動作の大きいところを、抜き稽古。3時から通し。観客数名。7つのネガティブ項目が、まためちゃくちゃになる。どうしてここ苦手なんだろう。演出家と照明家の打ち合わせの後、抜き稽古。8時過ぎに解散。仕込みの日というと、劇場のあいている時間をぎりぎりいっぱい使用して朝から晩まで作業や稽古をするもの、と思いがちだったけど、こういうやり方もあるんだなぁ。


07/19/2002(金)

12時集合。照明とのキッカケを合わせる稽古。その後3時からゲネプロ。劇中で私は、アクティングエリアを示す養生テープの枠をベリベリっとちょっと剥がして「お札(おふだ)」として人に貼るのだが、そのためには、剥がす部分の養生テープを二重にしておく。それを仕込むのを忘れたままゲネが始まってしまった。まだ「幕前」で、俳優が三々五々舞台に出ていくあたりだったので、まだわたなべさんが楽屋にいた。どうしよう、と相談し、養生テープのロール自体を私が持って出て、3カ所くらいテープを貼って回ることにした(ゲネ終了後、おもしろいから本番もこれで行こうということに決まった)。

舞台、客席の掃除や、当日パンフレットの作成をみんなでやって、7時10分開場、7時30分開演。たぶん開演は少し押したと思う。満員のお客さま。アクティングエリア外にいるときは、台本を読んだりアップしたりしていいことになっていて、稽古のときはみんなわりとそういう感じだったんだけど、本番のきょうは舞台をじっと見ている人が多かった。私は稽古どおり台本を読んだりアップしたりしていて、なんか一人だけ台詞をちゃんと覚えてない人みたいに思われたらやだなーと思った。

細かいミスは各自いろいろあったようだが、全体的なパワーは、とてもいい感じだったと思う。劇場にて、初日乾杯。


07/20/2002(土)

12時集合。マチネのときは、起きてから本番までの時間が短いので、身体を「起こす」のを念入りにやる必要があるんだけど、今回の公演では開演前に舞台上で15分ほどアップする時間があるので、身体をガンガンに起こすのはそのときにするつもりで、まずは、声を中心にアップ。ティーズル夫妻が巨大化するときの立ち位置と、喧嘩の最後の捨てぜりふの言い方が変更になり、稽古。

私はウォームアップのとき、発声練習の一環として歌を歌う。
「幕前に舞台上でアップするとき、歌とかも歌っていいかな?」
とわたなべさんに聞くと、いいですよ、「おとしだま」全曲歌ってもいいですよ、とのことだったので、ジャンプやランニングをはぁはぁするくらいやった後に、宮沢賢治の星巡りの歌、越路吹雪のアルバムで覚えた歌、カターンの笛の曲に自分で歌詞をつけた歌などをガンガン歌った。「おとしだま」はネタバレになるので、やっぱりやめておいた。

特にミスなくマチネ終了。ただ、一カ所、自分が登場するキッカケがどの台詞だったかわからなくなったところがあった。以前、桃唄309の長谷さんが、
「慣れてくると頭と身体にギャップができるので気をつけるように」
と言ったのは、こういうことかな。

出演者のお母さんのお友だちという方に、
「元気で、じょうず」
と誉められた。喧嘩のシーンがよかった、自分たちの人生のようだった、私は55歳なのでああいうのよくわかるわ、とのことだった。友人と、お茶。夜の開演の1時間ほど前に楽屋に戻る。わたなべさんは、きょうの昼公演はいままででいちばんよい出来だったと言っていた。公演2回分のアンケートを見せてもらった。笑っちゃうくらいみごとに賛否両論だった。

夜公演は、幕前の段取りが変更になり、開演前のアップは私はほとんどする時間がないことになった。うー、あしたのマチネはどうしよう。絵のシーンで、お客さまに舞台にあがってもらうところがあるんだけど、今回は3人お願いするうちの2人に断られてしまっていた。お客さまが出てくれないときはキャストがその役をやることになっていて、私はけっこう近場にいたので、さっき誘われて断っていた人の一人のところに行って、
「私もやるから、いっしょにやりましょう」
と手を取って舞台にあがってもらった。

きょうは朝から頭痛がしていて、開演中もアクティングエリア外で待機しているときにはけっこうつらかった。いつも500ミリリットルのペットボトルで水を飲んでいて、だいたい1公演で1本飲んでしまうんだけど、きょうの夜公演では半分以上残った。気温とか湿度とかも関係あるのかもしれないが、あーなんだかきょうは身体の調子がよくないんだなーということを、自分の水の飲めなさ加減に感じた。もちろん普段どおりの演技をした自信はあるんだけれど。

終演後会った友に、
「そのチョンチョリンは、卑怯よ!」
と言われた。そして、数人で飲みに行く。いろいろな感想を聞き、わたなべさんの意図を観客がいろんなふうに解釈していろんなふうに受け止めているのがわかって、面白かった。冒頭部分で、客席に入ってくる観客に舞台上の俳優たちが、
「おかえりなさい」
と挨拶するのだけど、あれはなんとかという戯曲の内容と重なるとか、既存の宗教でそういう挨拶をするところがあるとかいう話が出た。あぁ、そういえば、なんで「おかえりなさい」なのかって、わたなべさんに聞いたことなかったなぁ。
「『おかえりなさい』って言ってください」
って言われて、なんの疑問もなかった。なんでだろうと考えてみると、私としては、ああいう宗教ががった集団が見知らぬ人にかける言葉として「おかえりなさい」ってすごく適切な感じがしてすーっと受け入れてしまったらしいことに気づく。


07/21/2002(日)

最終日。12時集合だが、きのうとちがって幕前に舞台上でアップする時間がないので、その前に身体を起こしておきたいから、少し早めに行った。走ったり歌ったりした後、舞台上にきのうの打ち上げのであろうゴミなどが散らばっていたので掃除機をかけていたら、照明の方が気を遣って他のキャストの人たちを呼んできてくれた。上演中舞台上(端っこのほう)に座ってる時間が長いので自分のいるところをきれいにしておきたくて勝手にやってたので、勝手っていうか、本番が始まるまでの時間の中で自分なりの優先順位で動いてただけなので、他の人に気を遣わせてしまって申し訳なかった。

終盤近くの、倒れた人をアクティングエリア外に運び出す段取りと、絵のシーンでお客さまを舞台にあげる段取りが変更になり、稽古。前者は、
「どこに運んでいくか、あまりにも最初から決まっていすぎる」
ということで、とりあえず持ち上げる、さて、どこに運ぼうか、というのをきちんと段階を踏んでやることになった。その直前の、私があるメンバーをにらんでいるところで、後ろのほうにいる2人の人が、くすくす笑っているんだけどその笑い方が日を追って派手になってきているので、
「あの二人、殴りたいんだけど、殴ってもいい?」
と聞いてみた。一度やってみて、ここの間はもっと長くとか、ここはこの人をにらんでとか、わたなべさんの指示で決めていく。お母さんみたいに後ろから頭をパン、パンと平手でたたく段取りになった。

絵のシーンは、いままで1人の人がお客さまにお願いしていたのを、上手側にいる俳優3人、下手側にいる俳優3人がそれぞれチームになって、3人一組で説得したり誘導したりして連れてくることになった。

マチネ、無事終了。きょうの幕前は、「おとしだま」も軽く歌ってみた。終演後、体力温存のため、2時間ほどゴロゴロして過ごす。

ソワレ。3幕1場のラブラブシーンで、
「それに、親戚の者があなたの悪口を言って馬鹿にすると、いつも私、あなたの肩を持ったものよ」
という台詞をたぶん「あなたの」まで言ったときに続きの台詞がまったくわからなくなってしまった。元々、悪口を言われるのは「あなた」、馬鹿にされるのは「私」、という構造がすんなり頭に入ってこなくて、苦手な台詞ではあった。うわーどうしよう、と思って一瞬後、相手役に、
「なんだっけ?」
と言うと(もちろん、もともとそんな台詞はありません)、間髪を入れず、
「わしをかばってくれたんだろう?」
と返してくれたので(これも、もともとそんな台詞があったわけではありません)、
「そうよ。従姉妹のゾフィーがあなたのことを…」
と次に続けることができた! 以前わたなべさんが、この作品の場合、まちがえたときに自信なさげに中途半端にやるとまちがえたのがわかっちゃう。言い直すとか、やり直すとか、堂々とやったほうがいい結果になる、ということを言っていたけれど、これはどうだったろうか。

終了後、バラシ。終演が20時前だったし、バラシといっても照明以外は、舞台の養生テープをはがして客席の椅子を片づけるくらいなので、どんどん進む。私を含め数人は、途中から近所のスーパーに打ち上げの買い出しに行ったが、買い出し部隊が帰ってくる前にはバラシは完全に終了していた。

打ち上げで、きょうの夜公演を観た人に、
「幕前に歌ってた不思議な歌はなんですか?」
と聞かれた。新スタートレックの「超時空惑星カターン」でピカード艦長が吹いていた笛の曲に自分で歌詞をつけたやつです。

アゴラ5Fの稽古場(関西勢が宿泊している)での打ち上げなので、夜半過ぎまでゆっくりいろんな人と話ができた。話しながら、舞台で髪をチョンチョリンにしていたゴムを手にとって無意識にいじっていたら、飾りのビーズの糸が切れて、キラキラする大きなビーズがポロポロとこぼれ落ちた。「悪口学校」用に買った髪ゴムが、「悪口学校」の終了と同時に崩壊していく。なんだか象徴的だなーなどと、感傷的な気分になった。


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