2017年にやった照明

2017年にやった照明プランです。

1月 ACT-F成果発表 @キラリふじみマルチホール
2月 横浜ダンスコレクション「Coreograph」 @赤レンガ倉庫
3月 RE/PLAY Dance Edit. @プノンペン
4月 Cダンス発表会 @キラリふじみメインホール
4月 三条会「近代能楽集」 @ザ・スズナリ
5月 Yカラオケ @キラリふじみメインホール
7月 Mカラオケ @キラリふじみメインホール
8月 松田弘子ソロダンス「踊れ、マチコさん」 @STUDIO GOO
8月 早瀬マミ自主公演「廻流」 @喫茶茶会記
10月 705DanceLab発表会 @ウエスタ川越
11月 Hダンス発表会 @キラリふじみメインホール
11月 RE/PLAY Dance Edit. @京都芸術センター講堂
12月 高山広「劇励」 @仙台イーグルスドーム
12月 Jダンス発表会 @志木市民会館

以上14本でした。
来年もよろしくお願いします。


カテゴリー: 照明


「現代照明の足跡」巻末文

昨年12月に日本照明家協会から「現代照明の足跡〜歴史を創った7人の巨匠たち〜」という書籍が刊行されました。僕もその編集に参加し、巻末に解説的な小文を書かせていただきました。業界関係者にしか目に触れにくいと思うのでこのブログにもアップしておきます。
「現代照明の足跡」は、日本照明家協会のWebサイトからどなたでも購入できます。
(一般書店、Amazon等では取り扱っていません)


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本書について

本書編集部・舞台照明家
岩城 保


 本書には、日本で最初に舞台照明の世界を立ち上げた偉大な先人達が登場します。ここでは彼らを「先駆者」と呼ばせていただくことにします。彼ら先駆者たちが主に活躍した時代は大正末期から昭和前半ぐらいですので、今から60~90年前ぐらいです。さて、この時代の先駆者たちと、私たち現在の照明家とで、一番違っていることはいったい何でしょうか。
 もちろん、当時から今までで、大きな技術進歩がありましたし、社会情勢も大きく変わりました。それらの違いももちろん大きいことですが、あくまで舞台照明の世界で、舞台照明家としての先駆者たちと現在の私たちとを比べた場合の一番大きな違い、それは「教えてくれる人の存在」なのではないかと思います。

 私たち現在の照明家は、専門的な知識や技術をどのようにして学んでいるでしょうか。たとえば大学や専門学校などで舞台照明について学ぶケースも多いと思います。また、実際の現場だけで知識や技術を学ぶ人も少なくないと思います。あるいは、アマチュアの劇団等の場でプロに助けてもらいながら少しずつ照明を学んでいる人もいると思います。書籍で知識を得るというケースもあるでしょうし、インターネットで情報を得ることも可能です。照明を学ぶ場や方法は、様々ありますが、それらすべてに共通しているのは、「先輩や先生から教わっている」という点です。学校にしろ現場にしろ書籍にしろネットにしろ、そこには「教える」「教わる」という関係があります。そこにある技術、そこにある知識を、私たちは先人から学ぶわけです。そんなことは今の私たちにとってはあまりに当たり前で、わざわざ意識することもほとんどありません。

 しかし、先駆者たちの時代は、それはまったく当たり前ではなかったはずです。先駆者たちは照明の歴史をスタートさせた人たちなのですから、当然、先輩や先生というものはその時代には存在していません。
 では、先駆者たちは、先輩や先生がいない中でどのようにして照明の世界を作り上げてきたのでしょうか。本書に登場する様々なエピソードを読んで感じるのは、先駆者たちは照明をいつも原理的なことから考えていた、ということです。今の私たちと違い、先駆者たちの時代は照明の知識や技術についての蓄積や共有がほとんどありませんでした。ですから、照明家一人一人が、すべて自分自身の頭で考えて理解する必要があったのだと思います。そのため、現在の私たちと比べて当時の照明家の方々は、照明について非常に広い視野に立つことが求められ、その世界全体を見渡している必要があったということがエピソードから読み取れます。デザイン、オペレーション、器具の設計、劇場設備など、あらゆる視点から照明の世界全体を見渡し、すべての部分で変革と発展を進めていく、そんな時代だったのだろうと思います。

 いっぽう、私たち現在の照明家が仕事をする時は、デザインでもセッティングでもオペレーションでも、「業界での常識的なやり方」というものがあって、それに従うのが普通ですね。しかし、その業界で常識とされるやり方、どれ一つとして、最初からあったわけではありません。なぜなら、少なくとも先駆者の時代までさかのぼれば、その時点では「照明業界」そのものが存在しなかったからです。照明業界のすべての知識や技術は、先駆者の時代から現在までの歴史の中の、どこかの時点で、誰かによって生み出され、それが受け継がれてきたものだということが言えます。
 照明家どうしの「横のつながり」についても、おそらく同様のことが言えます。先駆者たちの時代は、照明家はそれぞれ独立していて、互いに連絡・連携するための組織などはありませんでした。現在は、全国の照明家をつなぐ組織として日本照明家協会がありますが、この協会も、元はといえば、先駆者たちが自分たちどうし互いに連絡・連携するための組織の必要を感じ、そのために自分たちでスタートしたものです。つまり、日本照明家協会は、当時の「現役の照明家」どうしが、必要を感じ、作ったものであったということが言えます。

 最近、私たち現役の照明家の間で、「照明家協会の存在意義がわかりにくい」ということが言われることがあります。協会員であることにどんな意味があるのか。いったい「何のメリットがあるのか」、といった疑問を口にする人もいます。
 しかし、私はそのような「存在意義がわかりにくい」あるいは「何のメリットがあるのか」といった疑問は、その問い自体が少しおかしいと思います。前述したように、日本照明家協会は元はといえば当時の現役の照明家が必要を感じて作った組織であったはずです。そして、それから今に至るまで、会員は全員「照明家」です。日本照明家協会は、他でもない私たち照明家の集まりなのです。ですから、協会に存在意義を与えることができるのは、私たち照明家自身以外にはあり得ません。もし協会に対して「存在意義が感じられない」「メリットがない」といった疑問があるとしても、それに答えられるのは照明家である自分たち以外にいないのです。
 たしかに、私たちが照明を始めた時点で、すでに照明業界は存在し、日本照明家協会も活動を始めていました。しかし、その中に入って照明家となり、「業界」と「協会」を構成する一員となったにもかかわらず、まるで他人事のように「存在意義が感じられない」「メリットがない」などという言い方をするのは、やはり筋違いだと思います。私たち照明家自身が照明家協会の構成員なのですから、私たち自身にとって存在意義が感じられるような、メリットがあるような照明家協会を、私たちが自分たちの手で作っていくことが必要です。先駆者たちは、何もかも自分たち自身で作り上げていました。現在の私たちも、自分たち自身で存在意義やメリットを作り上げていかなければなりません。

 私たち現在の照明家は全員、自覚があるかどうかは別として、先駆者から現在に至る先人たちからの恩恵を、多かれ少なかれ受けていることは間違いないと思います。そもそも、「舞台照明」という業種自体を先駆者たちが立ち上げてくれたからこそ、私たちはそこに出会い、「照明家になる」という道を選んだわけです。その道を選んだ時には意識していなかったかもしれませんが、業界で蓄積されてきた数多くの知識や技術の恩恵により私たちは照明家になれたと言って良いと思います。また、その後ずっと続いている新しい技術進歩の恩恵も私たちは受け続けながら活動を続けています。

 しかし、それらの恩恵を一方的に受け取っているだけで良いのでしょうか。私たちは過去から現在に至るまでの膨大な知識と技術の蓄積を受け取り、自分たちの日々の仕事に役立てていますが、その蓄積は、私たちがひとり占めして良いものではないはずです。蓄積された知識や技術は、未来へ続いていく照明業界全体の財産であり、次の世代に受け継いでいかなければなりません。現役の照明家は、そのことにもっと自覚的になるべきだと私は思います。私たちは、先駆者たちが作り上げたこの舞台照明の世界を、守り、発展させ、次の世代に伝えていく義務があると思うのです。

 過去から蓄積されてきた数多くの照明の知恵や技。そしてその上に積み重ねられ続けている新しい知識や技術。それらを学んで自分の身につけることはもちろん大事です。しかし自分だけが向上しても時代は前に進みません。先駆者の時代から、まだたったの100年足らず、舞台の長い歴史から見れば、まだこの業界は生まれたばかりです。そしてまだまだ育ちつつあります。ですが同時に、先駆者たちが亡くなり、初めての世代交代が始まっています。それはすなわち、業界を「継続」するということについても考えなければならない時期が、いま初めて訪れているということを意味しています。今の私たちは、日本の舞台照明史上初めて、それに直面しているのです。また昨今は、社会の様相の変化も急速です。グローバル化が進み、格差が広がっているとも言われます。そのような時代にあって、現在の舞台照明業界は、あるべき姿に本当にあると言えるのでしょうか。たとえば賃金や労働時間は適正でしょうか。市場の自由化は適切でしょうか。それらは今後どのように変わっていくべきなのでしょうか。あるいは現在の状態を維持すべきなのでしょうか。こういった疑問は、先駆者たちの時代にはまだ生じていなかったと思います。

 時代が変わり、私たちは新しい課題に向き合うこととなりました。この照明業界を「健全で安定的に継続させる」という課題です。この課題に向き合うのは、私たち21世紀の照明家が最初です。まだ誰も経験していない、新しい課題なのです。私たちはこの新しい課題に立ち向かい、次の世代を導くための新しい道を作っていく義務があります。先駆者たちが作り上げてくれたこの業界を、発展・継続させていくことができるのか、それとも衰退・消滅させてしまうのか、それが、私たち現在の照明家の肩にかかっていると言っても過言ではないと思います。

 本書を「巨匠達をたたえ、祀(まつ)り上げるための本」だと感じる方も多いと思います。実際、そのような側面もたしかにあります。しかし、本書はそれだけのものではないと私は思います。本書に収められた、先駆者たちの様々なエピソード、それらを私たちが今知ることに、いったいどのような意義があるでしょうか。もちろん、本書にあるような昔のエピソードが、直接現在の照明家にとって技術的な参考になるとは言えません。しかし、先駆者たちの当時の姿の中には、見るべきものが数多く含まれていると思います。それはたとえば、照明全体を俯瞰して見るという姿勢であり、照明について原理的なことから自分自身の頭で考えるという覚悟であり、そして、照明家とはいかにあるべきかという問題に常に向き合っていた態度です。
 先に述べたように、私たち現在の照明家は、初めての、新しい課題に直面しています。その課題にどう立ち向かい、どうすれば自分たちの義務を果たしていくことができるのか。それを考える上で、先駆者たちの姿に学ぶことは、決して少なくないと思うのです。

カテゴリー: 照明


協会誌10月号 BOOK REVIEW

日本照明家協会誌10月号に記事を書かせていただきました。穴澤喜美男の著作の書評です。
業界関係者にしか見てもらえない場なので、このブログにもアップしておきます。
編集者の校正が入る前のオリジナル入稿原稿ですので、協会誌に実際に掲載された記事と若干異なる部分があります。ご了承ください。

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BOOK REVIEW 『舞臺照明の仕事』【復刻版】

 本書を読んでいて、ふと、自分が舞台照明に出会った頃のことを思い出した。皆さんは「自分が照明を始めたばかりの頃に経験した印象に残るエピソード」を何かお持ちだろうか。僕の場合「ホリゾントライトのフェードイン」が一番印象に残っている。あれは大学生の頃、学内のホールで、たしか演劇のリハーサル中だった。先輩がプランナーで、僕は調光卓の担当。あるシーンで、暗転からブルーのホリゾントライトをとてもゆっくりフェードインする、ということを要求されていて、僕なりに丁寧にそれをやったのがとても褒められた。初めはどうしてもうまくいかず、クロスフェーダーをゆっくりと、特にゼロから最初の15%ぐらいのところをきれいに、しかもキッカケに遅れずにあげるのが難しくて、困ったあげく結局、暗転中にグランドマスターフェーダーをいったんゼロにし、クロスフェーダーを20%ぐらい先にあげておき、最初グランドマスターでフェードイン、続けてクロスフェーダーを追いかけて上げる、という方法を自分で見つけた。フェーダーの扱いに慣れてないのを、やり方の工夫によっておぎなったわけである。そういう自分なりの「創意工夫」をした思い出はなかなか忘れないものだ。

 さて、本書『舞臺照明の仕事』は、いわば「演劇照明における創意工夫」の宝庫である。ただし本書にはクロスフェーダーもマスターフェーダーも出てこない。そんなものは本書が書かれた時代にはまだ存在していなかったからだ。本書に登場するのは現在ではありふれているボーダーライト、ストリップライト、平凸スポットライト等である。それらを作品に合わせて工夫の限りを尽くして設置する、そのような例が本書には豊富に収められている。本書の著者は穴澤喜美男(1911~1974)。新劇の舞台を中心に、昭和中期に活躍した舞台照明家である。当時の舞台照明は、ボーダーライトで舞台全体の基本的な明るさと色彩を作り、そこにスポットライトを数台から十台程度加えるというのが基本だったようである。当時の照明プランの様子を本書から引用してみよう。

 「舞台の光線で朝の爽かな空気を表す場合、白色だけでは橙色味を帯びてしまうので電灯光線はそれ自体がすでに橙色味を帯びており、電圧(ボルト)を降下すればする程橙色は赤色味を増すから、多量の青色系統の色を混合することによって白色の橙色味を消すことができる。
 
(中略)またこの家は杉の樹々に囲まれているから光線はすべて木の間から洩れるような光線が望ましい。そこでサスペンション・スポット(SP1 500ワット3台)は例図にあるようにボール紙に適当な穴をあけ、それを光線が通って屋根と舞台前面に落ちるようにし、種々な光の斑点ができるように試みた。下手上部に吊ったスポット(SP2・3 1000ワット)も同様の効果をあげるためのものであるが、朝という条件の中ではこの2台のスポットは主導的な役割でなければならないので、光の斑点は一層強めなければならない。その為にボール紙を大きくしスポットより六尺ぐらい離れたところに吊って置くとよい」
(「舞臺照明の仕事」復刻版 p21~23より)

 実に「創意工夫」にあふれる内容であることを感じていただけると思う。この例ひとつだけではわかりにくいかもしれないが、本書にいくつか例示されている舞台照明はどれも、一つ一つの作品について、場所や季節の設定を詳細に読み解き、舞台装置の構造を細かく分析し、照明機材を設置する場所や方法も一つ一つていねいに工夫し、「その作品だけのための特別な照明」として作られている。
 さていっぽう、私たち現在の照明家は、舞台照明のデザインを考える際に普通どうしているだろうか。たいていの場合は、まずそのジャンルにおける「業界の常識」とも言えるような基本的なやり方というものがあって、それを踏まえながら自分なりにアレンジを加える、といったやり方がほとんどだと思う。照明機材の設置場所や方法を工夫するといっても、突飛なことをするわけでもなく、基本的には先生や先輩から習ったアイデアや手段を応用して行なうのが普通である。その「習ったアイデアや手段」が何かといえば、穴澤の時代以降、この数十年間に先人たちが様々な工夫を積み重ねてきた、その蓄積である。それがあるから、現在の私たちは自分自身で一生懸命に創意工夫をする必要はあまりない。また、劇場自体も、穴澤の活躍した時代と比べたら設備も機材もはるかに充実している。だからたとえば上記の例の「光の斑点」なども、現在ならプロファイルスポットとゴボを使えば簡単にできてしまう。だから、現在の照明家が照明デザインをする際に重要となるのは、自分自身の「創意工夫」よりもむしろ先輩や先生から学ぶ「知識」や「経験値」だということが言えると思う。したがって、本書に収められている照明の実例が、いま現在の舞台の照明を作る上で直接参考になるとは言いにくい。

 ただしそれは、あくまでプロの照明家の話であって、アマチュアや学校現場では事情が異なることも多いと思う。舞台の照明設備といっても、たとえば高等学校等の学内の公演会場の場合には、ボーダーライトとスポットライト数台、それにストリップライト数本しか備えられていないようなところも多いと聞く。そういう条件の中で、公演ごとに先生や生徒が自分たちなりの創意工夫をこらして照明を作っている、そういう現場もかなりあるらしい。そのような現場の様子は、まさに穴澤が活躍していた頃の劇場事情と重なるところが多いのではないかと思われる。だとすれば、本書『舞臺照明の仕事』は高校演劇等の学校現場においては、まだまだ有効かつ実践的な「教科書」「参考書」として役立つことが大いに考えられる。

 また、本書の冒頭部分には、舞台照明のあり方、態度などについての穴澤自身の力強い考えが述べられている。それは技術や時代が進んだ現在においても全く鮮度を失っていない、普遍的な照明哲学と言えると思う。少しだけ引用してみよう。

 「舞台照明の設計者は小説家、戯曲家のように現実を目の前において、そこから自身の芸術を創造するのではなく、現実の他に、戯曲を第二の現実として、この二つのものから演劇を創造してゆかなければならないのである。(中略)
 しかし、ここで注意しなければならないことは、光自身が大きな美の力であり、色彩が人間の感情を左右する力があまりに大きいために、
(中略)ともすると演劇(演出)の本質より離れた賞賛の為の舞台照明に陥りやすい傾向が多分にあるということである。また逆にあまり形象化に対して消極的であることも考えなければならない。
 この迷路を十分認識して、演劇の創造という大きな共同の目的に対して、全体の中の一部分であるということを忘れないで創造に参加しなければならない」

(「舞臺照明の仕事」復刻版 p2~3より)

 この短い引用だけではわかりにくいかも知れないが、舞台照明の役割や考え方、あるべき態度などが、ここでは実に明快に述べられている。現在の照明家で、これほど真剣に舞台照明そのものについて考えている者は少ないと思う。もっとも、昨今では舞台照明もビジネスであるから、現場においても「それを照明家がやるべきか」ということには昔よりもはるかに敏感になっている。やれ「それは照明ではなく映像の仕事だ」「それをするなら電飾屋を雇ってくれ」「それは舞台装置の一部だから照明セクションでは受け持てない」「それは照明に関係するからこちらにヒトコト言ってくれ」など、業界の境界線については昔よりもずっとシビアである。しかしそれは「舞台照明とは何か」という根源的な考察とは関係ないことは明らかである。
 いっぽう本書が書かれた時代は、(穴澤に限らず)照明家一人一人が、自分たちの仕事である舞台照明そのものについて、それぞれが個人の立場で真剣に考えていた。なぜなら、この当時は舞台照明という職種自体が現在ほど確立した状態になかったからである。照明家は単なる電気技師ではなく「芸術を創作する一員だという認識」がようやく定着する(あるいは定着させようと努力する過程にある)時代であり、当時の照明家は自分たちの仕事を自分たちで切り拓いていく以外になかった。
 そうした中にあって、穴澤喜美男という照明家がどうであったかというと、本書を読めば明らかなように、あくまで「技術者」という態度を貫いている。徹底した技術者であった穴澤が「全体の中の一部分」として芸術の創造にどのように参加すべきか、それをこれだけ力強く主張しているのである。そのことは、当時の舞台照明家たちが、自分たちの地位や立場を確立し向上していこうと常に努力していたことを示していると言えるだろう。

 また、本書後半では、劇場における舞台照明の機材や設備について、穴澤自身の考えをまじえながら詳細な解説がなされている。しかし扱われている内容は20世紀なかば当時のものなので、現在はほとんど使われなくなった機材や設備(アーク・スポットや変圧器式調光器など)についての記述も多く含まれているし、当然のことながら当時以降に登場した機材については記述がない。だからいま技術資料として実践的に役立てる目的には向いていないが、穴澤による解説は大変興味深く、当時の照明現場の様子をいきいきと想像させてくれる。それを含め、歴史的な意味では貴重な内容である。特に舞台照明の歴史を深く研究したい者にとっては資料としての価値は大きいと思う。

 最後の「あとがき」では、本書を執筆する上での戸惑いやもどかしさなど、穴澤自身の人間味がにじみ出ていて、照明の世界を切り拓いた偉大な先駆者の苦労を思わずにはいられない。ぜひじっくりと味わって読んでいただきたい。


カテゴリー: 照明


照明で俳優だけを強調する

先日、とある演劇関係の雑談の席で、若い照明家から「どう照明すれば舞台を立体的に見せられるのか」という質問をされた。その時は「前からよりも横からあてるようにするのが基本」というようないい加減な答えでごまかしてしまったのだが、ここではこの問題をもう少しちゃんと考察してみたいと思う。

質問は「どうすれば立体的に見せられるか」だったが、この疑問をもう少し一般化して、「どうすれば見せたいものだけを強調することができるか」ということで考えてみる。

たとえば、演劇の舞台セットの中で俳優が演技をしているとする。この俳優をきちんと見せたいが、舞台セットもなかなか存在感があり、ただ明るくすると俳優の見え方がセットに負けてしまう。かといって俳優だけにスポットライトをあてるのは不自然でわざとらしい。自然な光で、しかしセットがあまりうるさくならず、俳優だけがきちんと見えるようにするにはどうすればよいか。という問題を例題としよう。

この場合、目指す目標はシンプルで、「見せたいものをより明るくする」である。一番わかりやすい方法は、俳優にあたる光とセットにあたる光をわけることである。それができれば、俳優とセットとの明るさのバランスを簡単に調整することができる。

しかし現実的には俳優にあたる光とセットにあたる光を完全に分離することは難しい。その場合は、「俳優だけ」にあたる光だけでも出来ないかを考える。つまり、
(1)全体(セットも俳優も)にあたる光
(2)俳優だけにあたる光
これがもしできるなら、(1)と(2)のバランスを調整すれば俳優だけを明るくすることができる。

しかし、実際には、俳優だけにあててセットにあたらない光などというものは、実現できない場合がほとんどである。唯一、有力なのはSS(真横からの光)である。舞台がプロセニアム形式で、両サイドが袖幕(またはそれに類するもの)なら、SSを床ぎらいで作れば、ほとんど俳優だけにしかあたらない光ができる。だが、SSの光は基本的に不自然だし、複数の俳優どうしの奥行きがカブると影になるという難点があるので、有効に使えるケースは限られる。

さて困った。俳優だけにあたる光を作れない(と仮定する)。俳優に光をあてると、どうしてもセットにもあたってしまう。そういう場合、俳優とセットで明るさの差をつけることは、出来ないのだろうか。

答えは「出来る」。ただし、ライト の台数がある程度必要になってくる。
・俳優に対して、複数の方向から光をあてる
これが解答である。俳優にあてた光がセットにあたってしまうといっても、それはセットの一部分であるはずだ。前からの光ならセットの奥、上からの光ならセットの床、上手からの光ならセットの下手に光が流れる。そこで、たとえば下記の3台のライトを設置したとする。
(1)下手から俳優にあたる光(セットの上手部分にもあたる)
(2)上手から俳優にあたる光(セットの下手部分にもあたる)
(3)前から俳優にあたる光(セットの奥部分にもあたる)
そしてこれら3つを同時に点灯する。すると、俳優には3台のライトがあたるが、セットには、そのどの部分にも1台程度のライトがあたるのみである。3台のライトの光があたる俳優は、1台程度のライトしかあたらないセットに比べ、明るくなる。これで、俳優だけを明るくすることができた。

以上が「基本原理」である。実際の設計においては、セットの形や位置、その中での俳優の導線や立ち位置を考慮しつつ、俳優とセットとの明るさのバランスを考えながらライトの吊り位置と照射範囲を考えていく必要がある。


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『三条会のゼチュアンのぜんにん(善人)』

三条会『ゼチュアンのぜんにん(善人)』の照明図面(現場修正を書き加えた最終版)。
今回は比較的オーソドックスなプランと言えると思います。というのも、ラストシーンだけは立ち位置がはっきりしていたのでラスト関係はネライものを作りましたが、全体的には、「舞台面のどこで何が行なわれても対応できる」というスタイル=「現場処理型プラン」にする必要があったためです。
現場に入るまで(あるいはその直前まで)、立ち位置やアクティングエリアがよくわからない、という状況は、演劇ではちょっと珍しいかも知れませんが、発表会等の仕事などではよくあることであり、絶対数でいうとそちらのほうが多いんではないかと思います。つまりそのような、「どこで何が行なわれてもある程度対応できるような照明」というのは、実は需要としてはかなり多く、それこそが「オーソドックス」と言うべきものだと、僕は考えています。


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