照明で俳優だけを強調する

先日、とある演劇関係の雑談の席で、若い照明家から「どう照明すれば舞台を立体的に見せられるのか」という質問をされた。その時は「前からよりも横からあてるようにするのが基本」というようないい加減な答えでごまかしてしまったのだが、ここではこの問題をもう少しちゃんと考察してみたいと思う。

質問は「どうすれば立体的に見せられるか」だったが、この疑問をもう少し一般化して、「どうすれば見せたいものだけを強調することができるか」ということで考えてみる。

たとえば、演劇の舞台セットの中で俳優が演技をしているとする。この俳優をきちんと見せたいが、舞台セットもなかなか存在感があり、ただ明るくすると俳優の見え方がセットに負けてしまう。かといって俳優だけにスポットライトをあてるのは不自然でわざとらしい。自然な光で、しかしセットがあまりうるさくならず、俳優だけがきちんと見えるようにするにはどうすればよいか。という問題を例題としよう。

この場合、目指す目標はシンプルで、「見せたいものをより明るくする」である。一番わかりやすい方法は、俳優にあたる光とセットにあたる光をわけることである。それができれば、俳優とセットとの明るさのバランスを簡単に調整することができる。

しかし現実的には俳優にあたる光とセットにあたる光を完全に分離することは難しい。その場合は、「俳優だけ」にあたる光だけでも出来ないかを考える。つまり、
(1)全体(セットも俳優も)にあたる光
(2)俳優だけにあたる光
これがもしできるなら、(1)と(2)のバランスを調整すれば俳優だけを明るくすることができる。

しかし、実際には、俳優だけにあててセットにあたらない光などというものは、実現できない場合がほとんどである。唯一、有力なのはSS(真横からの光)である。舞台がプロセニアム形式で、両サイドが袖幕(またはそれに類するもの)なら、SSを床ぎらいで作れば、ほとんど俳優だけにしかあたらない光ができる。だが、SSの光は基本的に不自然だし、複数の俳優どうしの奥行きがカブると影になるという難点があるので、有効に使えるケースは限られる。

さて困った。俳優だけにあたる光を作れない(と仮定する)。俳優に光をあてると、どうしてもセットにもあたってしまう。そういう場合、俳優とセットで明るさの差をつけることは、出来ないのだろうか。

答えは「出来る」。ただし、ライト の台数がある程度必要になってくる。
・俳優に対して、複数の方向から光をあてる
これが解答である。俳優にあてた光がセットにあたってしまうといっても、それはセットの一部分であるはずだ。前からの光ならセットの奥、上からの光ならセットの床、上手からの光ならセットの下手に光が流れる。そこで、たとえば下記の3台のライトを設置したとする。
(1)下手から俳優にあたる光(セットの上手部分にもあたる)
(2)上手から俳優にあたる光(セットの下手部分にもあたる)
(3)前から俳優にあたる光(セットの奥部分にもあたる)
そしてこれら3つを同時に点灯する。すると、俳優には3台のライトがあたるが、セットには、そのどの部分にも1台程度のライトがあたるのみである。3台のライトの光があたる俳優は、1台程度のライトしかあたらないセットに比べ、明るくなる。これで、俳優だけを明るくすることができた。

以上が「基本原理」である。実際の設計においては、セットの形や位置、その中での俳優の導線や立ち位置を考慮しつつ、俳優とセットとの明るさのバランスを考えながらライトの吊り位置と照射範囲を考えていく必要がある。


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