HOMEへ
目次へ

センスが良ければいいプランが書けるのか

舞台照明の話題
1999.8.26

照明デザイナーに必要な能力は何か。よく聞くのは「センスが良くっても技術がともなわないとだめだ」とか「技術はあってもセンスが良くないとだめだ」(同じことか)という意見である。「技術」という言葉はまぁわかりやすい。舞台照明というものは、いかにも専門的な知識や技術が必要そうな感じがするし、舞台照明家はそういう「技術」を身につけているっていう感じがする。問題はセンスのほうである。この「センス」という言葉は、相当くせ者だと私は思っている。

「センス」という言葉を他でどういう時に使うかを考えてみよう。「洋服のセンス」「髪型のセンス」「お部屋のインテリアのセンス」といったところだろうか。そのあたりの使用例を考えてみると、

センスが良いというのは
良悪の選択基準が的確(または面白い)

という感じの意味になろう。舞台照明の「センス」について言う場合も、ネクタイや壁紙の選び方と同じレベルで、いわば「コーディネート」のセンスで使われることが多いのではないか。しかしそれはちょっと違うと思うのである。

舞台照明は、舞台のスタッフワークの中で、最も「作り」の割合の高いセクションの一つである。舞台を創作するときは脚本、演出、演技(俳優)、舞台装置、照明、音響(音楽)、衣裳、小道具、メイクなどが集まって作られるのだが、その中には「作り」よりも「選び」の割合が多いものがある。例えば音楽は、既製の楽曲の中からシーンに適した音楽を選び(選曲)、それを舞台効果に使用してJASRACに使用権料を支払う、というケースが多い。衣裳も、例えば青年団の場合は布地から縫い上げることは希で、たいていは売っている衣服の中から選ぶ。では「選び」よりも「作り」に大きく依存しているセクションはどこかを考えてみると、現代演劇の場合、脚本・演出は言うまでもないが、それと、演技、舞台装置、および照明は、ほとんど例外なく圧倒的に「作り」の割合が高い(「選び」の割合が低い)。

先程提案した「センスが良い」の定義をもう一度見ていただきたい。そう、センスが良いとは「選ぶのが上手」という意味で使われるのが一般的なのである。ここに罠がある。照明は「作り」の比率が高いから、選ぶにしても、照明家が作った選択肢から選ぶしかないのである。まずい演出家はこの認識がない。演出家は照明について「提案」しているつもりでも、照明の経験のない演出家のそれは、照明家の作った選択肢の中で騒いでいるだけである。だから、いざ現場に入ったら、演出家が照明家に指示する際は、「こうして欲しい」ではなく「現状ではここがイヤだ」と言うのがコツである。

  1. 「彼女の顔をもっと明るくして欲しい」という指示
  2. 「彼女の顔が暗くて見えないのがイヤだ」という指示

どこが違うのだと思われるかも知れないが、照明家がとる行動は、場合によっては1と2で大きく異なることだろう。「こうして欲しい」という指示では、演出家の理解の範囲(照明家が作った選択肢の範囲)を出ることはできない。「現状ではここがイヤだ」と言えば、ひょっとしたら想像もつかないような新しい選択肢を照明家が作ってくれるかもしれない。1からは「じゃぁ顔にあてる照明を明るくしよう」という結論しか出てこないが、2の指示なら例えば「周囲を暗くすれば彼女の顔が見やすくなる」という選択肢も出てくるのだ。そして、有能な照明家は、1の指示から2の結論を出す。

そろそろ答えが見えてきた。照明家に必要なのは選択肢を作る能力である。だからまずは、可能性のある「あらゆる光の状態」をイメージできなければならない。光についての圧倒的な想像力が必要である。およそどんな照明も想像できなければならない。「明るい舞台」「単サスの状態の舞台」「逆光のバックの状態の舞台」、まだまだ。もっともっと細かく「#73の地明かりと#67のバックの中に#84と#59のポチがついている舞台に立った役者に#40のサスが落ちていて#Wのピンがあたっていたらどう見えるか」というように、とにかく考え得る全ての光を想像できなければならない。ちなみに私自身はそんなに多くのイメージは持てない。照明家の中でも光についての想像力は劣っている方だろう。ただし、「カラーフィルターを使わない範囲で」という条件付きなら、結構上位に入れる自信はある。

次に、イメージした光を実際に舞台で作る能力が必要である。これがいわゆる技術だ。イメージした光を仕込図に書くことができ、それを実際に舞台に設置すればイメージ通りの光ができる、ということができていないと話にならない。

そして最後に、イメージしたあらゆる光の中から、演出家の好みを選び出す、いわゆるセンスである。ただこれは、演出家のジャストピッタリの好みを選ぶ必要はなく、その周辺も含めた「選択肢」を作れればよい。選ぶのは結局は演出家の仕事だからだ。一番最後の選ぶ段階で演出家と意見を戦わせる照明家がいるが、それはとてもレベルの低いことだと思う。私も、現場で演出家に「あのライトをカットしてくれ」と言われたことがあるが、その時も予測の範囲内だったから即座にカットできた。別に惜しくも悔しくもない。こちらの用意した選択肢の中の、一つが採用されなかったに過ぎないからだ。もともと、演出家や観客に指摘されるようなレベルでは勝負していない。

私の結論:照明デザイナーに必要なのは光についての圧倒的な想像力、そのイメージを実現する技術、そこから演出家の好みを選び出す人並みのセンスである。


目次へ
HOMEへ

岩城 保(Tamotsu Iwaki)
iwaki@letre.co.jp