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選挙は民意を反映しない

政治の話
1999.10.7

このシリーズで初めて政治の話を取り上げる。いきなり堅い話から始めたくないので、最初にクイズを考えていただきたい。

あるところに、鈴木さん、佐藤さん、岩城さんという三人の人がおりました。ある人が三人に尋ねました。
「来月一ヶ月間、パンかご飯かどちらか一方しか食べてはいけないことになりました。どちらを選びますか?」
それに対し、
鈴木さんは、「私はパン好きなのでパンが食べられないのは耐えられない。パンを選びます。」と答えました。
佐藤さんは「私は毎食ご飯で、パンはほとんど食べない。絶対にご飯を選ぶ。」と答えました。
岩城さんは「どっちか選ぶのはやだ。両方食べたい。どうしてもどちらか一方を選ばないといけないの?」と逆に突っかかりました。
さて問題です。上記の言葉だけで判断するとしたら、この中で一番賢いのは誰でしょう?

稚拙なたとえ話で恐縮だが、上記のクイズは、二大政党下の議会制民主主義を、私なりに風刺した比喩である。ご飯とパンは、二つの政党を表している。鈴木さんと佐藤さんは、それぞれの政党を支持する真面目な一般市民である。岩城さんは選挙を棄権する無党派層を表している。

さて、クイズの正解だが、一番賢いのは、最初に質問をした「ある人」である。発言は全部で四つである。この中で、最初の質問文を発するのが最も頭を使うことは明らかである。では、「ある人」とは誰のことを表しているか? その答えは後で述べる。

日本において国民はどのように政治に参加するか。言うまでもなく「選挙」によってである。投票所には投票用紙があり、記載台で記入する。記載台の前には大きく候補者(比例代表の場合は政党)の名前が「パン」とか「ご飯」とか「スパゲッティ」とか書かれていて、その中から自分が最も良いと思う名前を選んで、投票用紙に書く。投票者は与えられた選択肢から「選ぶ権利」しかなく、「ご飯2とパン1の比率」のように複数を選んだり割合を主張したりすることはできない。「クリームパン」とか「スパゲッティナポリタン」とか、選択肢に特別な注文を付けることもできない。また、選択肢に無い「うどん」とか「餅」なども書いてはいけない。それらは全て「無効票」として捨てられる。

ここまで見るだけでも「民意の反映」とはちゃんちゃらおかしい、と私は思うが、もう少し先まで見てみよう。日本の国政選挙で選出された者は、国会議員となり、国会にのぞむ。念のため解説すると、国会は「立法府」つまり、法律を作るところである ... と、小学校では習う。しかし実は違っていて、本当は国会は法律を作るところではなく、法律を「選ぶ」ところである。ほとんどの法律案は、行政府に所属するいわゆる「官僚」が作成する。法律案を行政府が作成することは日本では常識になっているので、ご存じなかった方はこの機会に是非覚えておいて欲しい。
たまに、国会議員が自分で法律案を作ることがあり、これを「議員立法」という特別な言葉で表現する。逆に言えば、「議員立法」でないものは全部官僚が作成した法案だということである。なぜ立法府の構成員である国会議員が法案を積極的に作成しないのかは、私は知らない。たぶん、その能力がないか、その必要がないと考えているか、そうしないほうが個人的に得だからか、あるいはその全部か、だと思う。ご存じの方は是非教えていただきたい。

国会は法律を「選ぶ」ことしかないから、「盗聴法」とか「国旗国歌法」とか、おかしな法律が出てきても、それを真剣に議論して「賛成」とか「反対」とか、せいぜい「修正」することが国会議員の役目だとされ、「もっと他に必要な法律があるんじゃないの?」という素朴な疑問巧妙に抹殺される。市民レベルで「○○援助法の早期制定を」とか「××救済法の早期制定を」とか訴えても、官僚が法律案を作成しない限り、議論される所までも行かない。

最初のクイズだが、「ある人」とは言うまでもなく「官僚」である。官僚は国会議員よりもはるかに頭を使う仕事である。官僚は法案という形の選択肢を作成する。国会はその選択肢の中から選ぶだけである。国民にいたっては、その選ぶだけの国会議員をさらに選挙で選ぶ。これでは宝くじの当たりくじはどれかを選ぶようなものであって、仮に国民全員一人一人が知恵と知識と情報を総動員してものすごく真剣に投票したとしても、確率的に言って、民意が政治に反映されるとは考えられない。

内閣総理大臣をはじめ、主に国会議員で構成される各大臣が行政府を統括することになっているはずだが、そんなのは形式的なことで実際には不可能であることは社会人の常識を持っていれば誰でもわかることだ。大臣はしょっちゅう交代する。企業にたとえれば、生え抜きの専務が率いる社員達で構成された会社で、社長だけが数年ごとにコロコロ変わるようなものだ。当然、会社の実権はナンバー2である専務が握ることになる。なお、行政府におけるナンバー2(事実上のトップ)は「事務次官」という役職である。

以上でわかるように、法律案は選挙から最も遠いところで作成される。法案に賛成とか反対とか、国会や国民は議論しているつもりでも、それは、頭脳明晰で優秀な「ある人」の手の中で騒いでいるに過ぎない。これが日本の民主主義と言われるものの実体である。

私の結論:日本国家が三権分立を実現していると考えるのは早計である。


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岩城 保(Tamotsu Iwaki)
iwaki@letre.co.jp