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私流パソコン上達法

パソコン初心者の話題
1999.10.31

私は立場上、パソコンについて周囲の人から質問を受ける機会が多い。これこれのアプリケーションで何々をする方法を教えてくれとか、何々をするのに適したソフトはどれかとか、あるいは、新しくパソコンを買ったので最初のセットアップをやってほしいなどと頼まれることもある。おかげで私はインストールの熟練者になってしまった。OSだけでも、Windows、MacOS、FreeBSDなどを合わせれば、私がOSをコンピュータにインストールした回数は少なくとも50回は越えているだろう。

最近、パソコン初心者向けの入門書を買うことがある。なぜ私がいまさら入門書を買うのかというと、初心者への上手な教え方を研究するためである。入門書には、コンピュータやインターネットの基礎知識をはじめ、パソコンを上手に使えるようになるための方法が、様々な考え方で書かれている。私はそれらの本を「この説明ではわかりにくいなぁ」とか、「この部分の解説に偏っているなぁ」という具合に批判的に読み、初心者に教える際の参考にしている。

入門書の書かれ方は、ジャンルの違いを別にすればどれもだいたい似たようなもので、大抵の本に書かれている初心者の取るべき基本姿勢は、「マニュアルを良く読む」「画面の説明を良く読む」「わからないときはサポートに電話する」といったところである。しかし、中に一冊だけ、読んで私が非常に不愉快になったものがあった。いわく、「マニュアルを読むより人に聞け」というのである。世の中には言って良いことと悪いことがある。この話題については「近くに詳しい人がいたら聞いてみるのも良いかも知れない」というような、ひかえめな語調で書くのが普通である。それを「マニュアルを読むより人に聞け」とは何事か。これだけで、筆者のレベルがわかるというものだ。パソコンに習熟している者は、必ず初心者から質問を受けた経験を持っている。そして、人に聞いてばかりではなかなか上達しない(理由は後述)ことを知っている。だから「マニュアルを読むより人に聞け」という言葉は、熟練者の口からは絶対に出てこない(と私は思う)。つまり、その筆者も初心者であるか、熟練者であるが人から質問されることのない嫌われ者か、いずれかであろう。

さてではパソコンに習熟するにはどうすればよいか。私は「知人には質問しない」という方法をすすめたい。じゃぁ知人でなければ質問して良いのか。その通り。見ず知らずの他人には質問をしてかまわない。じゃぁその「質問しても良い他人」とはどこにいるのか。

それはお教えできない。「情報のありかさえ教えてくれれば自分で調べる」という人は多いが、実はこれが、初心者の一番陥りやすい罠なのである。知識や情報を積み重ねていけばパソコンは上達し、最後には熟練者になれるのだと思われがちである。たしかに熟練者の知識は多いが、本当のポイントはそこではない。熟練者が熟練者たるゆえんは、「情報がどこにあるかという情報(情報へのポインタ)の量」によるのである。この「情報へのポインタ」というのが、パソコン上達の鍵である。知人に質問している限り、情報へのポインタはその知人だけである。知人に頼らず、見ず知らずの情報源を求めて探し回る習慣をつければ、情報へのポインタは飛躍的に増えていくはずである。

ある時こんなことがあった。私の友人の話である。彼はパソコンを購入する段階から、どのメーカーが良いかとか、購入時期は今で良いかとか、最初から私を頼り続けていたのだが、その彼がインターネットに接続できるようになり、ネットサーフィンがバリバリできるようになったころのことである。こんな質問をしてきた。

メールの送受信はできるようになったが、ある相手に送ると文字化けして読めないと言われてしまう。何がいけないのか。

詳しい方ならご推察できると思うが、彼の使っていたメールソフトは例の巨大ソフトウェア会社のものであった。私はインターネットでそのソフトに関する情報を検索し、同時に、文字コードに関する膨大な知識を得た。そしてその中から、文字化けを防ぐ対処法を引用し、彼に教えた。

ここで考えてみて欲しい。この過程で彼が得た知識は、メールソフトの文字化けを防ぐための設定法だけであり、その情報がどこで得られるかは知らないままである。きっと知りたいとも思わないだろう。しかし私はそうではない。今後も他の人から同種の質問を受ける可能性があるからである。私は今回の質問に答えるために、日本語の文字コードにはどんなものがあるか、そのメールソフトは文字コードの扱いにどのような問題があるか、など、実に多くのことを調べ、それらの情報源を全て私のブラウザにブックマークした。つまり、より多くの情報(および情報へのポインタ)を得たのは、質問をした彼ではなく、質問を受けた私だったのである。このように、初心者が熟練者に質問をすればするほど、知識や情報の差は広がるばかりで、決して縮まることはない。

「熟練者への質問」という行為は、目の前の問題を解決するには最も早い方法だが、パソコン上達のためには最も遅い方法であると、私は思う。

私の結論:パソコンに習熟するための良い方法は、他人に質問をすることではなく、他人から質問されることである。


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岩城 保(Tamotsu Iwaki)
iwaki@letre.co.jp