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2.美術打ち合わせ


稽古が始まる時期に、演出家・美術家と打ち合わせをして舞台美術プランの概略をつかみます。青年団の場合、打ち合わせといっても別に何月何日の何時から打ち合わせというのではなくて、「ここのパネルの目地の色は?」とか「客席からはこの柱はほとんど見えなくていいよ」とか、思いついたことをその場でだらだらと話すだけです。青年団の美術家は建築専攻ということもあってか、いつも大変正確で詳細な、美しい図面を作成してくれます。舞台美術に関するほとんどの情報はその図面に入っていますので、打ち合わせをするのはとてもおおまかなこと(全体的なコンセプトなど)と、とても細かなこと(素材のディテイルなど)になります。

私が照明として美術プランに対して何か要求するということはほとんどありません。また美術家が私に対して照明のつけ方の注文をつけてくることもほとんどありません。なぜならば青年団の美術家は長年いっしょに作品を作ってきているのでほとんどツーカーになっていて、私の照明の基本的なことについて、暗黙に了解ができているからです。その暗黙の了解とは以下のようなものです。
  1. 全体的に照明は明るく、舞台装置の素材の詳細までよく見える。
  2. しかし、詳細を見せるために舞台装置をわざわざ明るくすることはない。
  3. 関連して、特別な場合を除き、照明によって舞台装置を強調することはない。
  4. 照明によって舞台装置の色が変わって見えることはない(照明は原則として色を使わない)。
  5. 舞台の一番前のエリアは、前からの光はほとんどない(前明かりがない)。
注意していただきたいのは、これら5つの原則はあくまで結果である、ということです。別にこう決まっているわけではありません。これまで何年も一緒に平田オリザの世界を作り続ける中で様々な試行錯誤を経て、今のところ、結果的に毎回こういう照明になっている、ということです。私自身、別にこれらの原則を守ろうと思っているわけではありませんし、事実、ここ1〜2年の作品では、上記5つの全てについて例外が出始めています。その意味では「原則」というより「傾向」という方が適切かもしれません。

ですから逆に、いつもの「傾向」から外れる照明をやろうとするときは、その旨を演出家・美術家に相談します。そこで意見を交換し、「やってみよう」となることもあるし「今回はやめとこう」となることもあります。「やってみよう」がうまくいけば、そこで新しいものが生まれます。上記の5つの「傾向」はそうやって生まれてきました。青年団の照明は、本番の1時間半という短い時間の中では全く変化しませんが、数カ月、数年という長いスパンで見れば、一カ所にとどまることなく、ちょうど子供が成長するように、生き生きと変化し続けているのです。


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